これも記録しておこうか。
今年もJICAキャンパスを受け入れを行った。
JICA北陸の企画で
5回(?)くらいにわたり国際協力を知る講座。
このひとつを僕の農園で受け入れている。
今年も10名の学生が農園に来てくれた。

今回のテーマは
国際協力・農業・インドネシア。
農園を見学し、農作業を体験しつつ、
学生の持つそれらテーマの言葉の中身と
僕らの実践との差異に気が付いてもらおうという企画。
もちろん、その差異が明らかになる過程で
僕らにも学びが生まれてくる。

二班に分かれて午前は見学をして
サツマイモ掘りの体験をした。
正直、体験のための準備は
それを主としていない農園ではかなり準備と
運営に労力がかかるのだが、
今回もなんとか農業体験も入れることができた。
農業のちょこっとを齧って
農業の全体を知るなんて無理だし
体験も収穫体験と言うそれだけでは
農業でも非日常のイベント化されたものなので
正直、農業体験としてどうなんだろうかと
疑問を持つことも多いが
あまりゴリゴリと農作業をすると
誰も体験したくなるというジレンマから
今回も無難な芋ほりをもって体験とした。
この辺りのもやもやが
もう少しなくなるような体験を作れたらいいのだけど
それは本業でもないので
それほどアイディアも沸かないな。

あっちなみに作業自体は大事で
アクションを行いつついろいろと話をするのが
一番自然に話になるのだけど
今回の学生は1年生が多かったこともあるし
事前の準備と言う意味では
僕らにほとんどその時間も猶予もなかったので
みんな本当に純粋に芋ほりを楽しんでいた。
反省。

さて、午後からは
ディスカッション。
3つのグループに分かれて
農業・インドネシア・国際協力の話をした。
農業はスタッフの佐藤と坂本に任せたので
どんなディスカッションになったかは不明だが、
事前の打ち合わせでは
農業の持つイメージ(3K)を超えた
農業の魅力について話してもらう予定だった。
とくに地域づくりや国際協力にまで
踏み込んでいく農園のスタイルを
話してもらえれば
通常の農業の現場へのイメージとの違いに
気が付いてもらえたかもね。

国際協力も同じ。
これは立崎が担当。
学生さんはいわゆる一般的な
JICAや国際NGOなどが行っている国際協力は
良く勉強しているだろう。
でもそんな大きな団体でなくても
また国際協力を主の仕事としていない組織でも
農園のような小さな小さな
一見すると全く関係のない業種体でも
国際協力は出来るという事例を知ってもらいたかった。
大きいから出来ると思あるだろうけど
僕らの農園だから出来る国際協力もあるわけで
それがなんなのかを
知ってもらえたら、きっと目からうろこのはずさ。

インドネシアのグループは
技能実習生が担当。
3年生のイマンが日本語能力試験のN3を
もっているので、彼のリードでディスかっしょをした。
あと僕もここを主にサポート。
技能実習生が日本に来る社会的文脈と格差を
みんなで共有し
ここで勉強した小農が
どうすれば地域で活躍できるのかをディスカッション。
学生のほとんどが農業の技術的問題だと
考えていたようで、そういう意味では
強烈な差異を感じてもらえただろう。
栽培技術なんて小さな問題でしかない。
搾取される構造、マージナルに置かれる文脈、
貧富の差を生み出す慣習や制度、
そんな中で地域リーダーが行うべき
中央と地方をつなげる「翻訳」の大切さ。
そして構造の変革を生み出す仕組み。
それはただ小農が集まってトラックを
買うことかもしれないが、
それが生み出す社会変革と新しい関係性が
小農の新しい未来の地平となる。
そんな話をイマンを含め技能実習生たちが
たとたどしい日本語で伝えてくれた。
これはとてもインパクトが強かったようで
「農業技術だけを教えればいいと思っていたけど、それでは解決できない問題が多いんですね」
と感心しきりの学生もいた。

最後は
一人ずつ成果発表。
国際協力や農業やインドネシアの
それぞれが持っていたイメージは
壊されていったようで、その過程を
僕はひとりほくそえんで楽しんだ。
スタッフもみんなに話をすることで
自分のやるべきことを確認できたんじゃないかな。
とくにインドネシアの技能実習生は
自分たちのミッションを強く意識したようで
とても意味のあるワークショップになったと思う。
準備大変だけど
また来年も機会があればやりたいね。


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俳句が
自分の中心に座って、1年半。
あんまり上達せず
一向に下手くそ。
句会の先生から誘われて入った
「雪解」の俳句誌に投句する俳句を
先週先生に送って添削をお願いしたら、
「解せない」「意味不明」「不自然」などなど
久しぶりに辛口コメントをいただき
ずいぶんと落ち込んだ。
ま、その程度の実力なんだろうけど
最近
どうしてもこういう風に詠みたい、
という欲というか自我が表れてきて
それが解りやすく詠むことや
ただ写生をすることを拒んでいて困る。
夏井いつき組長の主宰する
「いつき組」にも参加しているが
そこも大抵が並選で
良くても佳作の域を出ず。
挙句の果てに、
図書館で見かけた辻桃子氏の
「あなたの俳句はなぜ佳作どまりなのか」を
借りて熟読する始末・・・。
ちょっと迷いがひどくなってきている。

それを打開するためと言うわけではないが
もう一つ門を叩くことにした。
今井聖さんの主宰する「街」にも入会することに。
そちらにも投句し、
自分の詠みたい俳句とは何かを
そこから見える心の景色と
じっくりと向かい合いたいと思う。
NHK俳句でダンスをいきなり披露する
今井さんやそのお仲間の句風に触れて
もう少し考えてみたい。


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P9063096.jpg

来客あり。
インドネシア領事館から
8月下旬ごろからいろいろと電話で調整があり
9月6日来園が実現した。
お客さんは、
元インドネシア共和国チェコ大使。
退職されてから、
故郷であるスマトラのトバ湖の近くで
農園を経営しているのだとか。
ただ住んでいる場所はジャカルタ。
いわゆるあちらスタイルの
ブルジョワ農民ってやつね。

その彼。
新しく梅やイチゴに取り組みたいと
日本にその勉強に来たらしい。
残念ながら農園では
そのどちらも栽培品目に入っていないけど
農業経営について意見交換したいので
ということで
わざわざインドネシアから
やって来られた。
頭の良い方で
少し話せばすぐにその肝の分かる人だった。
こういう人と話をするのは楽しい。
2時間ほどのアテンドだったが
あっという間に時間は過ぎてしまった。

インドネシアの農民の貧困を
その作物の構造に着眼している辺りや
全部の問題を教育で解決できると言わないところが
気に入った。
あと盲目的な有機農業信奉者でない
自称有機農家の
インドネシアのブルジョワ農民には
初めて会ったかも。
バランス感覚も良いね。

さてその彼。
販売は海外を考えているようで
てことはやはり日本か?と聞くと
呆れた顔で彼は言う。
「おいおい、日本?まさか。インドだよ、インド。日本なんてどんどん小さくなるし、いろいろと難しいこと言うから駄目だよ。中国にもつながりはあるけど、インドへ販路を広げていく予定だ」
だって。
日本がどんどん小さくなることや
ゆっくりと落ち目になっていることは
僕らは嫌と言うほど感じるし
そうなっていくだろうという予測もしている。
でも、それをインドネシアの方から
指摘されると、かなり複雑。
もう、ここはあこがれの地でも
先進的な地でもないのだろう。
すくなくともエリート層の間では。

ここまで短時間で
本音で話せた人は少ない。
それはそれだけ彼が聡明で
適当な想いでここまで来たわけじゃないからだろうね。
ちょっとやくざの親分みたいな
そんなやんちゃなところも
気に入った。

最後には
孫からFacebookでメッセージが来て
ステゴサウルスのロボットのおねだりがあり、
後半はそれがどこにあるのかを
みんなでネット検索して終わったけど、
それはそれでインドネシアらしくていい。

こういう人と
仕事がしたいな。
最後にはあっけなく裏切られるんだろうけどね。
それも解っているけど
こういう人は僕はすごく好きだ。
どこかアレジャンの亡父や
パラッカのノールに似ているからかもしれない。


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妻が熱を出した。
39度の高熱。
高熱を出すことが珍しい人なので
やや心配で、
医者に連れて行った。
じつは前日も妻は風邪だと思い
医者に行っていてた。
その時は熱が無かったので
新しい症状も出てるし
それが尋常じゃないくらい高熱で
1日寝ても下がる気配もないので
同じ医者に連れて行った。
その時の出来事。

医者は
「今使っている薬の効果は1日では出ません。薬の効果があるかどうかをみないといけないので、その薬を飲み続けてもらうしかない」という。
ま、それ自体はある程度正当だと思う。
ただ昨日診察した時には全くなかった症状の
高熱をどうにかしてほしいと思いやって来たので
熱を下げる薬が欲しいと希望をした。
この辺りから医者の態度が
あきらかにおかしくなる。
「いったいどんな薬が欲しいのですか」
と声を荒げるのだ。
それはこちらは素人なので解らない、
診察まで1時間半もまって疲れ果てているから
はやく楽にしてやってほしい、と伝えたが
それが完全に引き金を引いてしまった。
医者は小刻みに震えだし、
はた目から見ても怒り心頭という体なのだ。
たしかに1時間半という時間の長さを
言葉に入れたのは
客観的事実だとしても
この文脈ではイチャモンと取れないこともない。
僕としてはただ、
それだけ疲れていることを言いたかったのだけど。。。
どの薬が欲しいのか!と声を荒げる医者に
ちょっと不用意だけど点滴っていうのもありますよね
と言ったのがさらに火に油を注いだ。
「他の患者さんには点滴をして、彼女にはしないと思っているのですか!」
もう手が付けられない。
で、高熱の理由として
妻が先週までインドネシアに出張していたことも
関係するのかもしれないと話した。
昨日の時には熱が無かったので
そんな話は妻はしていないというので
付帯情報として
判断をより正確にできるように
と伝えたつもりだが
それが、もうこの医者には理解できないほど
怒りまくっていたのだろう。
「感染症の治療もしていたんです、僕は。旦那さん、つまりは、デング熱とでも言いたいんですか!もしデング熱だからって何ができますか?それはお気の毒で、頑張ってくださいしかないです」
いやぁ、もう我が耳を疑ったね。
デング熱かどうかは良いんです、そんなことじゃなくて
と言葉をつなげるのだけど
この医者はもう途中から
被害妄想に捉われてしまっている。
怒りで小刻みに震えているのは止まらないし。
こうなると、正直、怖い。
点滴をしろとも言わないし、
検査しろとも言っていないし、
熱を下げる薬だけ欲しい、
それだけを伝えるのだが、
「僕はもうこの患者を診ることはできない。紹介状が欲しいのなら書くから、他の病院に行ってくれ!」
だって。
え!?それって医療拒否!???
この病院ってそれだけはしないはずだよね。
組合員さんに寄り添っていく病院だよね。
僕知っているよ、この病院の理念。
それに賛同するから僕も出資してるんだよ。
忙しくて、昨日も来たのに薬効かないと文句を言いに来たやつだと
もしかして決めつけてない???
違うよ、症状が明らかに重症化しているから
心配でやってきただけだよ。
だのに、ろくにダイアログしないでさ、
一方的に捲し立てるのってどう?
医療現場で医者は絶対的権力を
持っている。
素人にいちいち説明できないかもしれないし
そんなことに時間を割かれることに
またそれをにわか仕込みの知識の反論に
自分を削られてしまっているのかもしれない。
そういう現場には同情はするが
39度の熱を出している人間を前に
批判でもない言葉に
いちいち突っかかって怒りをぶつけられても
診察室で権力の無い僕ら患者は
どうすればいいのさ、いったい。

医者は怒り狂ったまま
「僕は診ない!」と宣言して
処置室を
出て行ってしまった。

途中から医者の様子がおかしかったので
看護師を呼んだのだが
その方が他の医者へ連絡をしてくれて
しばらくおまちくださいだって。
その後、さらに1時間以上待って
妻はなんとか検査を受け
医師の判断で点滴を受けることなった。

しかし、
医者はそんなに大変なのか。
十分休めているのだろうか?
僕の現場でも
この夏、ずいぶんと疲弊して
普段は気のいい連中だったスタッフも
ずいぶんとぎすぎすしていたのを思い出す。
心に余裕って大事だ。
で、医者は10分程度の診察に
知らない人と対話をして
出来る限り正解に近いものを
導き出さないといけない。
だから、怒り狂った医者は
「感染症の疑いって言って、あとでそれが分かれば僕らを訴えるんでしょう!」と
考えもしなかったことを口走っていた。
僕は医療の専門家でもないし
あなたの権威を傷つけたいわけでもない。
ましてや訴えたいわけでもない。
目の前の39度の妻を
どうにか楽にしてあげたい、
ただそれだけだ。
でもたぶん心の余裕のない人間には
その10分のダイアログは
苦痛でしかないのだろう。

人に向き不向きはあると思うが
それは努力次第だと思う。
心の余裕は自分では作れない時もあろう。
だからといって
怒りは自己防衛でしかなく
この場合、妻の高熱はとまらない。
あまつさえ、医療拒否なんて。
医者として、それはありなのだろうか?
こういうケースは体験したことが無いので
もし読者でこういうケースに詳しい方が居れば
ご教授いただきたい。


これは問題だと思う。
最近、歴史にその後に生まれた視点と価値で
新しい意味を付加させて
当時のその歴史を捻じ曲げたりするのが
多くなってきてた。
国家の宰相がそれをするもんだから
いろんな人が真似をする。
で、農業のオピニオンリーダーまでが
ちょっと受け入れがたい持論を
歴史に持ち込んで発信するもんだから
本当に困ったもんだ。
その記事がこれ。
農地解放が地域から経営を消滅させた

読めばわかるが、
農業の企業経営と家族経営の
違いを話していた沢浦さんが
なぜかそのロジックを歴史の地主制に
結びつけるという異次元の持論を
展開する流れになっている。
戦前は地主が地域経済を回していたという。
でその地主制を再評価して
昔の地主を新たなスタイルで企業家として
甦らせるんだって。
地主は資本家&経営者で
小作は農作業員っていう構図か。

地主制は、封建制で
血による支配っていうのが一番の問題。
世襲制でその誰かが馬鹿でも
そいつが当主となって再配する。
階級間の流動性も少なく
小作は金銭的な理由などで
経営をするチャンスもその経験も
またその勉強もできないように
固定化され
権力構造も固定化する。
それがいろんな問題を生み出す。

経営と言うことだけを話していれば
良かったのにそれが地主制に
すり替わったあたりから変。
自分たちの権力構造が
特権的でそれは固定化することで生まれていることを
知っていたその階級は
新しいイノベーションを
起こす力になるのだろうか?

記事にもあるが
家族経営でも企業的経営があるというように
個人の力によって
資本を集中させて育っていく起業家もいるだろう。
農地解放で
小規模の家族経営が増えたのは
農業におけるマイナス要因というのは
誰にとってなのか。
僕らは誰のための幸せを追及するために
生きているだろうか。
まさか国家なんていうんじゃないだろうな。
自分の歩んできた道は
地主制がなくなった
民主的な世の中だから生まれたことを
わすれちゃいけない。
ま、沢浦さんがかつての地主の家系なら
恨み辛みもあるだろうけど。





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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
(アットマークを@に置き換えて送信ください)

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