金曜日は半夏生だった。
この辺では、それを「はぎっしょ」と言う。
暦のうんちくは良くわからないが
うちの祖父祖母の昔話では、半夏生までに田植えを済ませ
この半夏生の時に、田植えの手間貸しの一部を
現金で受け取ったらしい。
だから、小作の家にとっては祭りのような1日だった。

僕が生まれたころには、すでに僕の家は小作ではなかった。
だから、この日に手間貸しの一部を現金で受け取ったり
祭りのような一日は見たことはなかったが、
その名残だけはあった。
それは安倍川もち。
半夏生になると、安倍川もちを作って
近所・親戚に配ったりとか、もらったりした。
(詳しくは以前書いた二つのエントリーを参照のこと。安倍川餅から焼き鯖半夏生つづき

それが最近は、ちょっと様子が違う。
半夏生というと焼きサバになってしまったのである。
なんでも大野のお殿様が、暑い夏を乗り切るために
半夏生の日に、民に焼きサバを食べることを奨励したらしい。
それは、その話で良いと思う。
そういうこともあるだろう。
だが、大野のお殿様の時代からすでに数百年とたっている今
降って湧いたように、半夏生に焼きサバを食べる習慣が
最近、僕の界隈では見かけるようになった。

実は、この焼きサバの習慣は、僕が協力隊から帰ってきて
農業をするまでは知らなかった。
農作業をしながら聞くラジオで連呼されるので
そんなものもあるのか、と思うだけだったのだが
それが最近はすっかり定着してしまい、
我が家まで、半夏生に焼きサバを食べている始末。

僕は焼きサバが好きなので、別段、不服はないのだが
半夏生になり、スーパーの焼き魚コーナーでは
山積みになった焼きサバが置かれ、
ローカルなメディアでは、そればかりを連呼する。
僕らの意識は、すでに農の循環的な生活サイクルから離れてしまい
半夏生まで田植えをする連中なんていない。
その頃に田植えをしているのは、
減反の検査後に違反して田植えしている連中くらいなものだ。
農地が解放され、機械化が進み、手間貸しの関係と必要性が無くなり
より自由なり、より解体された農村に住み
農業は目に入ってくる
特に意識しない風景の一部になってしまっている
現代の人々にとっては、半夏生といっても
それと農作業とが一致することはない。

小作が手間貸しの一部を現金で受け取る大事な日だった半夏生は
今では、大野のお殿様の民に対する夏バテ防止策の話の方が
今の社会では、受け入れやすいものなのだろう。

なんとなくローカルに見える中にも、
平準化の流れはいくらでもある。
農に関心が高い昨今、大野のお殿様の話は
なんとなく農業に関係しているようにも見えるので
それも受け入れられるのかもしれない。
何百年も前にやっていたこと(亡霊)が、
トレビア的な知識として復活し
それが、民衆知を脅かす。
僕らが耳を貸さなければいけないのは、そんなものではなく
もっと身近で、もっと目の前にある生活史ではないのだろうか。

乖離してしまった農の生活に想いを馳せることが愚かだと言うのなら
数百年前に言ったとされるお殿様の話に乗っかることもまた
同じことではないだろうか。

目を向ける先を間違っている。
そう思いながら、好物の焼きサバを突っついていた。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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