これまでに読んだ本で、読書記録を書いてないものがずいぶんある。
その中でもこの本は特に大切なので、記録しておこう。


福岡 伸一 著 「ロハスの思考」.2006年.木楽社.

分子生物学者である著者が、その科学の先に見出した生命への眼差しを記した著作。「動的平衡」や「生物と無生物のあいだ」などの著者でも有名。
ここではロハスの思考の書評ということしたが、その内容としては上記の2著も合わせて福岡氏の視点に近づいてみたい。

3つの著作に共通するのが、「動的平衡」という科学的事実に裏打ちされた思想である。動的平衡とは我々の身体を作っている分子の「流れ」の状態である。生命は行く川のごとく流れの中にあり、我々の体を構成する分子は、常に摂取された食料の分子と入れ替わり、そして廃棄されるというサステイナブルな平衡の秩序の中で成り立っている。「だから私たちの身体は分子的な実体としては、数か月前の自分とは全く別物になっている。分子は環境からやってきて、一時、淀みとしての私たちを作り出し、次の瞬間にはまた環境へと解き放たれていく」(「動的平衡」p231)。
この視点から、氏は「健康の幻想」を強く批判する。軟骨を構成材であるヒアウロン酸やコンドロイチン硫酸、皮膚に良いとされるコラーゲンなどは、それがそのまま軟骨や皮膚になるわけでなく、一度ばらばらに分解されて、その都度、違う物質へと変化し、それも一時的に体内にとどまるだけなのだ。「食べ物として摂取されたタンパク質が、身体のどこかに届けられ、そこで不足するたんぱく質を補う、という考え方はあまりに素人的な生命観」であり、「生命をミクロな部品が組み合わさった機械仕掛けと捉える発想が抜き差しがたく私たちの生命観を支配していることが見て取れる」(「動的平衡」p78-79)、と生命の機械論的生命観を強く批判している。
生命が、動的な平衡状態にあるとすれば、ルシャトリエの法則「一般に可逆反応が平衡状態にあるとき、その条件(濃度・温度・圧力など)を変化させると、条件変化の影響を和らげる向きに反応が進んで、平衡が移動する」もまた、その平衡に当てはまりはしないか。氏は、生命がミクロな分子パーツから成り立っている精巧なプラモデルとして捉えられ、それを操作対象として扱いうると考えている遺伝子工学に批判的である。「平衡状態にあるネットワークの一部を切り取って他の部分と入れ換えたり、局所的な加速を行うことは、一見効率を高めているかのように見えて、結局は平衡系に負荷を与え、流れを乱すことに帰結する。(中略)クローン羊ドリーが奇跡的に作出されるも早死にしてしまうといった数々の事例は、バイオテクノロジーの過渡期性を意味しているのではなく、動的な平衡系としての生命を機械論的に操作するという営為の不可能性を証明しているように私には思えてならない」(「ロハスの思考」p34-35)。
科学者がその自身の研究から導き出した科学への眼差しと、そこから生まれてくる機械論的思考への批判は説得力がある。フリッチョフ・カプラを初めて読んだ時の感覚が蘇ってくるのを覚えた。

上述の視点から、氏は食について考察を入れている。ベネフィットを得る者とコストを負わされる者が必ずしも同一でないという批判などもあるが、その中でも最も瞠目すべきはリスク論に対する時間の概念の欠如という批判だろう。遺伝子組み換えの技術が、従来人類が行ってきた品種改良と実質的に同じだとしても(ただその中でも、動物と植物の遺伝子が混ざり合うことはまずなかったのだが:自然界の中ではミトコンドリアという例も無きにしも非ずだが)、それが同じものであるという感覚にはなれないと氏は語る。それは時間軸の欠如。何世代にもわたって交配・交雑しながら品種を選別し、作り上げてきたこれまでの品種改良に対して、遺伝子操作はそれに比べれば時間は一瞬なのである。「「時間」だ。組み換え作物と品種改良が同じだとする議論には時間の概念が抜け落ちている。長い時間の中で自然はその平衡点を見出す。それを私たちは自然だと感じる、急いで部分を組み換えたものは平衡からはずれ、いずれ自然はそのズレを取り戻すために揺り戻しを行うだろう。だから私たちはそこに不自然を感じるのだ」(ロハスの思考 p76)。

僕が日々圃場で感じる自然界の平衡を豊かな言葉をもって説明してくれたこれらの著書。僕らを含めてすべての生き物は、動的平衡の中で、流れ行く分子の一時的な淀みとして存在している。だとしたら、その流れを無理に堰き止めない、無理に加速させないためにどうしたら良いか、そんなことを考えさせてくれる本だった。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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