座学の時間。
インドネシア研修生+農林高校に来ている留学生。

農林高校が中間試験と言うこともあって
ちょうど交換留学出来ているインドネシアの学生を
4日間預かることになった。
前回の流れもあり
留学生の「目に映っている日本の農業技術崇拝」が
果たして、インドネシアの文脈の中で妥当なものなのかどうか
それを検証するにはちょうどいい時間がもらえたというわけである。
といっても、それほど大層な授業はできるわけではないのだが、
僕なりに考えていることを少しでも共有できればと思い、
今回の授業は、技術的要因というタイトルで
現在、我々の目に映って見える表象としての農業を支えている技術について
フォーカスを当ててみよう。

授業の流れとしては、
昨年とは違い、
先日読んだ村田純一氏の「技術の哲学」からヒントを得て
大幅に改めることにした。
技術決定論と社会決定論の事例を探し出し
その中で現在確立されている技術というものがどういうプロセスを経て
安定化しているのかを見ようというもの。
社会構成主義的な見地に立てれば、言うことはないが
少なくともあるプロセスを経て、そのプロセスがブラックボックス化する中で
表象として技術・農業が安定して見えている、ということが
理解できれば、もう言うことはない。

今回の授業に当たって研修生2名には宿題を出していた。
それは、技術が社会を変化させた事例を探し出す、ことと
もう1つは、社会が技術を変化させた事例を探し出す、ことの二つ。

この宿題がなかなか難しかったようで
二人の研修生は、
技術が社会を変化させた事例は山のように見つけられるのに、
社会が技術を変化させた事例は見つけられなかった。
みなさんはどうですか?
すぐに思い付きますか?

実はこれがすぐに思い付かない、ということが
すでに社会に存在している技術をそれ単体だけで安定しているもの
という理解をしている証拠だと僕には思える。
それはその技術が発展してきた、
つまりは現場や技術者・科学者のやり取りのプロセスが
すでにブラックボックス化してしまっていて、
僕たちの目の前に現れている技術があたかも初めから
そうであったように思えてしまうからでもあろう。
そして、その技術をしようすることで、その技術を持つ論理に
自分たちがマージナル化されたり、
選択の余地をなくしてしまっていることだけに気付かされるから
技術が社会を変化させる事例だけが、山のように見つかるのである。

技術者であるか、科学者であるか、それともそういった歴史に詳しいか
もしくは長く現場で技術の変遷を見てきたものであれば
ブラックボックス化されたプロセスを見ることができるのかもしれないが
そうでなければ、そうそう簡単には見えてこないのかもしれない。

そこで授業では、とりあえず日本の水田稲作が如何に機械化されていったかを
歴史的経緯と背景を見ながら説明していった。
この説明の仕方に、技術をどうとらえたらいいのかを
僕としては盛り込んだつもりでもあった。
水田稲作の歴史的経緯と背景は、
暉峻衆三 著 「日本の農業150年」を引用した。

1950年以降、朝鮮戦争の軍事需要の高まりもあって
日本は工業化への速度を速めることになった。
工場への人的流動を支えるためにも、農業の機械化・効率化は重要であり
また工場製品の国際競争力を支えるためにも
食料価格を低い水準で抑えることも重要だった。
こうして工業化と農業の効率化は一心同体に進んでいくこととなった。
農業分野とそれ以外の分野との賃金の格差是正も
食料価格の維持ではなく、より一層効率化と機械化を持って
大規模農家の育成と機械化による兼業化の可能性により
是正を図るような方向へと農業が発展していくことになる。
また戦後の食料による借款の受け入れや
選択的な農業補助により、
米作に特化した兼業農家による
機械化の進んだ農業を作り上げていった。

技術が社会を規定しているようにも見えるが
その実、社会の価値観が技術の論理に引きずられるような形ではあれ
それが再びいびつな形での農業社会を支える技術の開発へと
そのベクトルを特徴づけているのである。
技術の出発点で、その背景にある政治的な要因や市場的要因、
そして国際的な流れも、その技術の方向性に大きく影響を与えてもいるのだ。

そう言った見地から、現在の日本の農業技術を見れば
それは果たして、ただ単に、
日本は先進的で、インドネシアは後発的、というようなロジックには
収まらないことが理解できるかと思っている。
高校生である留学生には少し荷の重い授業かもしれないが
それでも、無批判に技術崇拝することに意味がないことを
少しでも伝えたかった。

この授業をした後、妻に今回の授業について話したのだが
妻が
「その授業、留学生だけでなく、研修生の子もどれだけ理解できたかしら?」
と言っていた。
授業の後、宿題を出したので、そのレポートを読めば、
彼らがどのくらい今回の授業を理解できたかが解るはずだ。
宿題は、インドネシアで行われた「緑の革命」の功罪について
インドネシア語で書かれた文章(10ページ程度)のものを読み
それについて、技術に対する考察をするというもの。
自分の村で、緑の革命の影響としてどういうものがあるかを
想像して書き出すとともに
日本の農業技術の中で、自分の村にも導入できそうなものを選び出し
それを導入することの功罪について、自分なりにシュミレーションするというもの。
さて、どういうレポートを出してくるだろうか。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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