食とは、食文化とは何であろうか。
そしてそれの根幹となっている農とは何であろうか。
さらには、その農のかたちから派生される日々の営みや暮らしぶりはどうであろうか。
先月インドネシア・クンダリまで調査旅行へ出かけた時、
僕は漠然とそうした問いを携えていた。

これはトラキ人とブギス人の食と農の話。
つまりは、この前の続き

前回の話では、主食に対するそれぞれ民族の想いと
そこから派生してくる農業の形の違いに少し触れた。
ブギス人は、米を主食とし水田農耕を最も大事だと思っている。
それに比べて
トラキ人は、米も大切な主食で、
水田農耕がもっとも経済効率の良い農耕スタイルだと認めつつも
それに比べたら非効率な白とうもろこしと陸稲の伝統的な混作もやめようとはしない。
なぜなら、白とうもろこしも陸稲もトラキにとっては大事な主食だからである。
そして、あるブギスの農家から、
「あんなもの食べているやつはもういないだろう」
と言われてしまったサゴヤシについても
「1日に1回は必ずサゴヤシを食べる」と
トラキの農家は断言していた。

今回は、サゴヤシについて少し話そうか。
サゴヤシは名前の通りヤシの木である。
どこを食べるかというと、ヤシの木の幹の中身。
中身が柔らかいということではない。
樹皮を剥いでその中身を砕きながら、そこに水をかけながら揉み込み
プールにその抽出液をため、沈殿したでんぷんを採るのである。
そのでんぷんの塊を食するというもの。
この作業は、大抵4人から5人以上で行われる(機械利用)。
調査を行った土地では、
10年から2年前(地域によってすこしひらきがある)まで
このすべての工程を手作業で行っていたのだが
今では中身を砕く作業は機械化され、労働負担もずいぶんと軽くなったらしい。

調査地のトラキ人が言うには、
サゴヤシは、1つの株から8~10本は出てくるという。
収穫は、12年~15年経った木を選ぶという。
木の持ち主は、サゴでんぷんの抽出作業は基本的にしない。
持ち主は、収穫人にサゴヤシのでんぷん抽出作業を依頼し、
そこから採れたサゴでんぷんの半分をもらうのである。
残りの半分は収穫人の取り分となる。それが手間賃。
収穫人のリーダーは、大抵が機械を持っている人で、
その人が、手間賃としてもらった半分のサゴでんぷんの半分から1/3をとる。
そして労働者としてでんぷん抽出作業に加わったメンバーで
残っている分を均等に分けるのである。

食べ方はいろいろとあるのだが、
僕が以前ボゴールに留学した時に食べたのは
魚や肉のスープにサゴでんぷんを固めたもの付けて食べるというものだった。
調査を行った土地でも、それはポピュラーな食べ方であった。
(ちなみに申し訳ないのだが、これまで僕はサゴヤシの料理がうまいと感じたことはない)

さて、そのサゴヤシ。
トラキの農家は
「1日1回は必ず食べる」と言っていたのだが、
年代や住む場所によっても少しずれがあるようである。
今回の調査でドライバーとして頼んだ町に住んでいるトラキ人は、
「サゴ?あああ、昔は食べていたけど、今は食べないよ。水みたいでさ、どうもあれだけ食べていると力が出ないんだ。ドライバーという仕事はいつ飯にありつけるか分からないから、食べられる時は米をたらふく食べるんだ。サゴヤシはもう食べないよ」
と答えてくれた。
調査アシスタントして同行してもらった地元大学の社会学の学部生は
「サゴヤシは大好き。実家に戻った時はいつも食べている。ただ若い連中はあまり食べなくなってきている。それと、サゴヤシの抽出作業は、僕ら若者はあまりやりたがらない仕事なんだ。かっこ悪い(gengsi)って思っているようだね。」
と話してくれた。

水みたい、かっこ悪い、あんなもの食べているやつはまだいるのか、などなど
サゴヤシに対する意見は、厳しいものだったのだが
だからこそ、はっきりと、しかもそれを食べないと始まらない、といったような態度で
「1日1回は必ず食べる」
と凛と答えたトラキの農家が印象的だった。
前回の日記でも紹介したが、
意識を掴み取るツールの中で、サゴヤシの円は決して大きくなかった。
それは米以外の他の主食と比べても(白とうもろこし、陸稲)
随分と小さな評価だった。
その円の大きさは決して価格だけで決められているわけではないことは
水田稲作と白とうもろこしの円の大きさを同じにした農家からも解るのだが、
その農家にしても、サゴヤシの円の大きさは小さかった。
それでもサゴヤシは
「1日1回は必ず食べる」主食なのである。
調査前のようにサゴヤシか水田か、といったような
サゴヤシを過大に評価はしない。
だが、過小評価も必要ない。
それは、トラキの農家にとって、
「1日1回は必ず食べる」主食として存在しているのだから。
そしてサゴヤシを取り巻く農の営みが、しっかりとした食文化を支えているように
僕には見ることができたのだから。
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はじめまして。

はじめまして。いつも楽しく拝見させていただいております。
先日kendariに里帰りしたときのこと。
義兄のフィアンセはトラキ人なのですが、サゴヤシの料理、
シノンギ?について大絶賛しておりました。
とってもおいしいから今度つくってあげると。
一方、ブギスとマカッサルの血をひく主人はこっそり、おいしくないよ…と。
私は実際に食して確かめることはできなかったのですが。
好みの問題もあると思いますが、民族によって食文化の違いを感じました。
でもどんなに環境が変化し、世代が変わっても民族それぞれの伝統的な
食文化は残していってほしいですね。

M cahyadiさん

コメントありがとうございます。
Kendari出身のご主人なんですね!
いろいろとこちらの方が教えてほしいです。

今回は短期の調査でしたが、
食文化や農のかたちについていろいろと考えられました。
嗜好も味覚も文化から作られるなのだなぁ、と改めて思いました。それによって形作られていく農業もまた、文化であることは当然なのですが、世界規模で食料について語られる文脈では、それら当たり前のことがどこかへ吹き飛ばされて語られることが多いのが不思議でなりません(余談でした)。

懐かしさと心の安寧を得られるものとして、なのか、それともそれは主食としてしっかりと機能しているもの、なのかは、しっかりと見ていかないといけないのですが、それぞれの伝統的な食は、形を変えていくにせよ、その時々で感じられると素敵だなぁ、と僕も思います。

もう少ししたら「その3」もアップしますので、お楽しみに。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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