農を形作る要素と事例考察 それはまだ始まったばかりのこと
2008/12/19(Fri)
インドネシア研修生の講義の話。
11月から12月にかけて、農業を形作る要素を話してきた。
前回の日記では人的資源まで書いたが、
その後、数回の講義をしたので、ここに簡単にまとめておこう。
つまりは備忘録。

技術の要素について。
農業を形作る技術は何か、の問いに研修生のH君は
「育種、栽培法、農具」と答えた。
まぁそんなところだろうが、細かくつけ足せば、
防除法、ポストハーベストなども入るだろう。
インドネシアと日本の差異を見るに、日本の方が優れているわけではない。
この場合、方向性が違うということが大事なのだ。
見ようによっては育種の研究は、その深度からいえば
日本の技術は進んでいるのかもしれないが、
たとえば、日本では世帯数の減少により、
野菜の規格が小さくなるような方向で
育種の研究をしているところもある。
しかし、インドネシアにおいては、
そのような方向での研究はあまりない(というか、ほとんど必要ない)。
また、農具に関して言えば、
労働力の投資を減らし、機械作業で効率化を求める日本の農具開発は
労働力が豊富にあり、機械化することで大量の失業者を発生させてしまう
インドネシアの農業の文脈の中では、あまり意味を持たないのである。
インドネシアでフィーバーしているSRI(水田の一本植え技術)のような技術も
機械による一本植えが困難であることと、
(間断冠水のため)その後の除草作業に労力をかけられない日本の農業の中では
たとえその技術で反収が1トンを超えるような技術だとしても
あまり試みる人は少ないのである。
どちらが進んでいるとかいう問題ではなく、
その場でどのような技術が採用されているかを見ることで
その土地の価値感や労働構造などが見えてくるのである。

社会という要素について。
これは広範囲になるため、説明が難しいのであるが
一つにはソーシャルキャピタルなどと説明される村の中の結束と信頼性であろう。
水利組合の有効性や
村単位でのプロジェクトに対する参加度合やそれに対する発言権の有無など
この要因が高ければ高いほど、村や集落単位での結束力が高くなる。
ただそれは単に閉鎖的な村を表すのではなく
ここで肝心なのは、参加の仕方にあろう。
ある一部の人間による密室での決定ではなく
開かれた場(たとえば総会)などで自由に意見が述べられたり
異議申し立てができるようになっていれば、それは閉鎖的な社会ではなく
より民主的な(あまりこの言葉を使いたくはないのだが)村であるといえよう。
この要素は、水利や村ぐるみでの補助を受ける場合、
またいま日本で騒がれている
集落営農や農地・水・環境保全向上対策などの政策受け入れ等が
この要因によるところが大きい。

金融について。
農民が自由に金融にアクセスできるかどうか、それはとても大切な要素。
次作に向けて手前種を用意できればいいが、それができなかったり、
肥料や農薬の購入など普通に栽培していても、かなり資金は必要になる。
そのアクセス度合がどれくらい容易なのか、
またどれくらい農民が借りられる金融のチャンネルがあるのか
それが重要になってくる。
日本の場合、JAなどがその役割を担っているが
インドネシアに農協は存在しない。
(一部国家機関としてそう訳されているものがあるが、あれは農協ではない)。
インドネシアの農民の場合、銀行に貸し付けを申し込むのが一般的である。
また金融とは少し離れるかもしれないが
行政などが行っている農業普及プロジェクトに参加すれば
栽培資金の半分くらいは、補助がもらえることもある。
僕がかつていたインドネシアの村では、
プロジェクト参加のプロポーサルに記載する栽培面積は
故意に2倍の数字が書かれており、
補助のコンペに勝ち残って、補助がおりた場合、
実際の栽培面積は、補助分金額で賄える1/2のみであることが多かった。
普及員がプロジェクトの進捗確認のために視察に来りもするので
その場合どうするのか、その農民に聞いたところ
「どうせやつら(普及員)は、値段の高い革靴を履いてくるから、道の悪い畑はみようとしないのさ。だから道路沿いにプロポーサルの面積の半分だけの畑を作り、やつらにはそこだけ見せておけば問題はないよ。あと半分は?と聞かれたら、山の上さ、とでも答えておけば、やつらは見に行こうとはしないよ」
と平気な顔で答えていた。
これは極端な例であるが、
要は、農業という不確定要素が多い中で、
できるだけ農民自身が金融的危険を回避可能かどうか
また、そのイニシアティブが農民側か金融側かも重要になってくる。
インドネシアの場合、種や肥料・農薬等の貸し付けを行う商人がいて
収穫はその商人が安く買いたたくケースが横行している。
しかし、一方で銀行の貸し付けもあるのだが、そちらでは
栽培が失敗しても返済を迫られるケースが多く、
安くても商人の囲い込みを自ら選ぶ農民の多くいる。
賢く行政から補助を取り付ける(奪い取る?)農民ばかりではない。
またこれらの金融商品は政策とも大きくリンクしている。
大規模農業や新規就農者に対する対策を打ち出している日本の農政の場合
それらに対する金融商品は多くある。
が、インドネシアの場合は、新規就農者への政策が皆無に近く
その名目での金融商品はない。
その国の農業政策がどの方向へ進もうとしているのかも
農民がお金を借りられるか借りられないかに関係してくるのである。

それら農業を形作る要素を説明し(市場については、直売所の講義ですでに終わっている)
これからは、ゼミ形式で事例考察を行う予定でいる。
日本の農業事例を、それらの要素で分析する訓練であるが
H君はまだそれほど日本語が上手ではない。
そこで農業事例は、「まんが農業ビジネス列伝」という漫画を事例テキストにして
それを読んでもらい、どのような要素がその事例の成功を形作っているのかを
これから一緒に検証していく予定である。
まずは、あの有名な上勝町の「いろどり」を取り上げることにした。
今月頭にさっそくマンガのテキストを渡し、読んでもらった。
先日の講義で、H君の理解度を見るために、H君から事例の説明してもらったのだが
いろどりの商品である「つまもの」を
Barang istri(妻の物品)と訳して読んでいたようで
さっぱり話がつながらなかった。
うーん、前途多難である。
この記事のURL | 農業研修事業 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
<<川講 川つながりから見た村の暮らし | メイン | 基礎の墨出し>>
コメント
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

   ▲ top

トラックバック
トラックバックURL
→http://tayatoru.blog62.fc2.com/tb.php/663-61cce472

  ▲ top

| メイン |