エッセイの引っ越しはこれで最後。



遠く困難な道のり


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友人のバニラ


久しぶりにアレジャンに住む友人からメールが来た。
メールと言っても携帯メールなので、文章は短い。
『今何してる?そっちの季節は何?こちらの落花生はあまり育っていません』とだけ。
私が隊員時に、落花生栽培の普及を行っていたからなのか、
彼は時々自分の栽培している落花生の生育状況を携帯メールで送ってくる(第23話参照)。
こちらからももう少し詳しく聞こうと思い、折り返しのメールを送る。
どうして落花生の生育が悪いのか?と。そして彼が取り組んでいたバニラ栽培も聞いてみた。
数分後、メールが来る。
『乾季がすごくて、6月からまったく雨が降らない。バニラはほとんど枯れたし、落花生も実がはいらない』。



アレジャンは山間の村なので、他の村に比べれば水が豊富だと言える。
だのに、時々、その水があってもどうにもならないほどの乾季がやってくる。
以前ならそれは10数年に1回程度だったのだが、
最近は2年から3年に1回、このような乾季がやってきているようだ。
バニラは植えてから3年目に実がなる植物。
実は今年でその3年目だった。
だのに、この乾季でそのバニラは全滅してしまった。
特別な期待が込められたバニラだったのに。
その期待とは結婚だった。



彼は今年で36歳。
未だに独身。
あちらのスタンダードで考えれば、その歳まで結婚しないなんて考えられないことだった。
アレジャンでは大抵、親同士で話をまとめ結婚させられる。
若者たちはそれまでは自由に恋愛をしたりするのだが、
結婚する相手はその恋愛相手とは限らない。
私の常識では受け入れ難いことなのだが、それでアレジャンの若者は結婚していく。
それはなぜか。



婚資がべらぼうに高いのだ。
とてもじゃないが若者個人で払えるものじゃない。
ブギス民族(アレジャン集落の民族)は、
新郎が新婦側の親もしくは叔父に多額のお金を払うという習慣がある。
さらに結婚式の資金も新郎側がもたなければならない。
私たちの社会ではやっているじみ婚なんてない。
新婦側はこの結納金が安ければ、面目丸つぶれにもなる。
というか、まとまる結婚話もまとまらないのである。
家格にあわせて結納金の相場がある程度きまっており、
また結納金次第で家格があがったりさがったりもする。
結婚が決まると、『おめでとう!』というお祝いの言葉の後には、
『で、いくらだった?』とひそやかに噂になるのである。
では具体的に幾らするのだろうか。



2000年に結婚したバルー県(アレジャン集落がある県)の知事の娘は、
結納金は1億ルピア(当時1円=80ルピアほどだったか)、
結婚式資金が1億ルピア、さらに県知事に車がプレゼントされた。
同じ時期にアレジャンの集落長の娘も結婚した。
結納金は1000万ルピア、結婚式資金は2000万ルピアだった。
インフラ傾向にあるインドネシアだが、現在でも大体相場はそんなものらしい。



どうしても自分で相手を選びたいという人は、
出稼ぎに行くしかない。
若いうちにマレーシアやカリマンタンなどに出稼ぎに行けば、
森林をばんばん伐採して日本を含む外国にばんばん売っている会社があり、
そこで働くことが出来る。
実際にアレジャンやその近辺の村々の若者の多くは、よく出稼ぎにいく。
3年から5年頑張って、贅沢をしなければ(タバコを吸わないなど)、その資金はたまるらしい。
だが、労働はそうとうきついと言う。



さて、私の友人の話に戻そう。
この愛しのアレジャンでもなんどか取り上げた彼(第19話・第20話参照)。
出稼ぎには行っていない(行ったと思われた時期もあったのだが、結局は行っていない)。
親が何度か結婚話をまとめようとしたのだが、彼は親が決めた相手をよしとしなかった。
そして今、彼には結婚したいと思う相手がいる。
2006年の4月、私がアレジャンを訪れたときに、彼は頬を赤らめながらそう話してくれた。
だが、金が無い。
向こうの親が言うには、結納金は1500万ルピア。
結婚式資金まで含めると最低でも3000万ルピアは必要だと言う。
しかし彼の1年間の現金収入は約300万ルピア。
現金を全く使わないで、すべて貯金したとしても結婚まで10年ほどかかってしまうのだ。
しかし、それまで向こうが待ってくれるとも思えない。



で、彼は考えた。
考えられる道は5つ。



1つ目の方法。
駆け落ちをする事。
これはあちらの社会ではたびたびある。
高すぎる結納金が払えずに
駆け落ちする若者がいたりもする(不倫のカップルもこの方法をとったりする)。
しかし、これはリスクが高すぎる。
なぜなら、死を覚悟しなければいけない。
ブギス民族はSirihという独特の価値感をもっている。
日本語に無理やり訳せば、面子があるいは適当だろうか。
駆け落ちされることは、この面子を丸つぶれにする出来事なのだ。
だからその娘の兄弟や叔父は、駆け落ちした二人を血眼で探し出し、
見つければ時には相手の男性を殺してしまうこともある(時には娘さんも殺されてしまう)。
無事に逃げ果せたとしても、生活基盤をすべて捨ててしまう駆け落ちは、
その後の生活は不安定なものになるだろう。
だからよほどのことが無ければ、駆け落ちはしない。
私の友人は、この方法を取らなかった。



2つ目。
コミュニティ外で結婚してしまうこと。
これは駆け落ちとは違う。
両方の親の同意をとる必要がある。
だから結納金は払う。
だが、結婚式資金がかからない。
トータルの資金としては、半分ですむのだ。
偶然、友人の彼女はマレーシアに出稼ぎに行っていた。
なので、マレーシアで結婚式を済ませてしまえば、
呼ばなければいけない親戚も周りにはおらず、安く式を行うことが出来るのだ。
しかし、彼女がOKしなかった。
人生に一度の晴れの舞台である結婚式。
彼女は、きちんと結婚式がしたい、と言った。
この方法が一番すぐに結婚できるはずだったのだが、彼はあきらめざるを得なかった。



3つ目。
これは彼女からの提案だった。
彼女の父は少しばかり土地を持っている。
なので、彼の持っている土地や家をすべて売り払って、それを婚資にあて、
結婚後は彼女の父の土地で働けばいい、というのだ。
こういうことは珍しいことではない。
ブギス民族では、結婚後、新婦側の家で新婚時代をすごすカップルは少なくないし、
その後も新婦側の土地で暮らす新郎も少なくない。
サザエさんのマスオさんだと思えば、大方あっているだろう。
しかし、友人はそれをよしとしなかった。



彼にはそれなりの野望がある。
2005年に行われた県知事選では、現在の知事の選挙参謀から早くから見込まれて、
アナバヌア村(アレジャン集落のある村)で票固めのために活躍してきた。
選挙後、知事の党であるゴルカル党から、アナバヌア村支部長に推薦されている。
ゴルカル党の村支部長と言えば、その地域では村長になる人物が任命される地位である。
つまり私の友人は遠からず村長になると約束されたようなものなのだ。
ただ彼は村の中の政治的な関係から、村支部長を辞退し副支部長に就いた。



もし彼が彼女の申し出通りに彼女の住む土地(別の県)に行けば、
アナバヌア村でせっかく固まりつつある彼の政治的なポジションはなくなるのである。
向こうの土地では基盤がないのだ。
しかしこの申し出は、まだ断っていない。
結婚だけを見れば、もっとも可能性があるようにも思えるからだ。



なんとか、今ある土地で工夫を凝らし、結婚できないものだろうか。
彼はそう考えている。

そして4つ目。
今ある土地を担保に村人からお金を借り、自分の土地で農業労働者になること。
アレジャンではこういうことはよくある。
お金が必要になった場合、自分の土地を売り払ってしまえば、
その後の生活がさらに苦しくなり貧困の輪から抜け出せなくなる。
そこでアレジャンでは、他の村人がその人の土地を一時買い取り、
その人は自分の土地で農業労働者となり、生活に最低限必要な給料で働くのである。
売り払った土地での売り上げが貸した金の分に達した時、土地はその人に返されて、
その人はまた自作農として農業を営むことが出来るのだ。
こうすることで厳しい環境の中でも、貧困の輪に陥らずにすむのである。
だが、農業労働者の生活は、かなり厳しいものになる。
新妻に苦労をかけたくは無い。
だから、できるだけこの方法はとりたくない、と彼は言う。



5つ目。
今ある土地で換金性の高い作物を栽培して一儲けすること。
そしてその作物がバニラだった。
バニラは以前に比べたら換金性は高くないが、それでも魅力的な作物の1つである。
しかも彼の持つ土地(山の斜面)を活かすことが出来る作物なのだ。
だが、結果は冒頭で説明したとおりだった。



バニラがだめになってしまった現在、考えられる道は、3つ目か4つ目。
どれも彼としては、納得はしていない。
これら以外としては、できちゃった婚(今はおめでた婚・さずかり婚というのか)があるが、
これも1つ目と同じで、リスクが高い。
子供ができてしまえば、婚資は少なくて済むのだが。



メールでは、『結婚はしばらく考えられなくなったよ』と。
ことあるごとに私に、お金を貸してくれ、と頼んでくる他の村人と違って、
彼は絶対そういうことを私には言わない。
今年の春にアレジャンを訪れて、この話を夜な夜な聞いたときには、
私たちの間には微妙な空気が流れていた。
私は毎年アレジャンに訪れている。
彼はそれにどれくらいのお金がかかるかは、だいたい知っている。
だから私が数回のアレジャン訪問を我慢して、そのお金を彼に貸すことができれば、
彼はいとも簡単に結婚できるだろう。
彼の婚資は、私にしてもたいしたお金だろうが、
彼ほど苦労なく手に入れることは可能だろう。
しかし、彼は私に貸してくれとも言わなければ、私も貸してやるなどとは言わない。
貸してしまえば、また借りてしまえば、
私たちの関係が今のとは微妙に違ってしまうことを私たちは知っているからだ。
ミーバッソ(ラーメン)をおごってやるのとは話が違うのだから。



私にできることは、彼がこれから取り組もうとする農業の相談に乗ることくらい。
だから、アレジャンでは夜更けまで話を聞くし、時々こうして携帯メールで状況を話しあっている。
せめてバニラが収穫できていれば、それを少しは買いたいと思っていたのだが・・・。



自由な恋愛を貫き通したいアレジャンの若者たち。
その結婚への道のりは、遠く、そして厳しい。

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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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