週末は、以前書いたエッセイのお引越し。



三箱のタバコ



ちょっとしたきっかけで、再びアレジャンに行くことになった。
といっても、せいぜい3日間ほどの滞在予定なのだが。
それでもアレジャンの連中とここ最近連絡を取り合っている。
宿の都合とか食事の準備など、3日間の滞在を快適にするために。



新聞も手紙も届けられないアレジャンとどうやって連絡を?と思われるかもしれない。
私が住んでいた時代からその点については全く改善されていないが、
それでも時間はアレジャンにも等しく流れていて、
携帯電話が使えるようになっているのである。
携帯電話のメールを通じてあれこれとやり取りが出来るようになったのだ。
まったく便利な時代だ。



そんなこともあり、日々アレジャン集落について思いをめぐらすことが多くなった。
思いをめぐらせば、あれこれと思い出すこともある。
普段は読み返しもしない自分の書いたアレジャンエッセイも読み返したりもする。
そこでふと気がついた。
伝説の男を書いた以降にも、アレジャン集落を訪ねていたことを。
今回訪ねていく前にその話だけは書き留めておかなければ、と気まぐれに思い、
こうして再び筆をとる。以上、つまらなく長いイントロでした。



2005年4月。私はまだ学生だった。
ボゴール農科大学大学院の2年生で、丁度その頃妻は妊娠中だった。
そして私は修士論文を書くために南スラウェシ州を調査中だった。



修論のための1ヶ月半の調査後、
かねてからの約束通り私はアレジャンを訪ねた。
4月も半ばごろだったかと思う。
いつものことだが、アレジャンの風景はあまり変化がなかった。
変わった事と言えば、訪れるたびに気がつくのだが、
タバコと石鹸ばかりがやたらとそろっている売店が数店、新しくオープンしており、
同じような売店が数店、店じまいしていたくらいである。
それと、ラエチュ(アレジャン集落の長)がインドネシア語を忘れていたことくらいだった。
普段は民族語のブギス語ばかりを話している集落なので、
外国人である私が帰国してからは、
ラエチュはあまりインドネシア語に触れる機会もなかったのだろう。
毎回訪れるたびに彼との会話が難しくなっていたのだが、
今回は全くといっていいほど通じなかった。



そうそう忘れてならない変化は、友人のサッカだった。
相変わらず結婚もしないでぶらぶらしていたが、少しだけ偉くなっていた。
彼はある肩書きを得ていた。
それは『バルー県知事選アナバヌア村選挙参謀』である。



2005年はバルー県知事の選挙の年だった。
選挙は6月に行われる予定で、現職を含む3人の候補が立候補を表明していた。
アレジャンを訪れた4月はまさに選挙戦真っ只中だったのある。
サッカはその選挙において現職陣営につき、
アナバヌア村(アレジャン集落のある行政村)での票まとめを一手に任せられていたのだった。



選挙にお金はつきもので、バルー県みたいないなかでも相当なお金が動く。
選挙の前の年あたりから、あちこちで道路が建設されたりもする。
市場が整備されたり、橋のリハビリが行われたり。
しかし、悲しいかな、アレジャン集落。
あまりお金は回って来ない。
今回、選挙戦であれこれ建設されたという話ばかりを聞いたが、
アレジャンの風景で変化したのは上記のものだけだった。
それでもサッカは『現職の知事が再選を果たさないとアレジャンの明日は無い』といった調子で
選挙戦について熱く語ってくれた。



知事候補について少し説明しよう。
3人の候補がいるが、実質は現職と新人の一騎打ちの様相だった。
現職は私が協力隊隊員の頃に知事になった人で、実はよく付き合いのあった人でもある。
インドネシアでは政治家は皆偉そうに振舞ったりするものだが、この現職の知事は違っていた。
人の話を良く聞くし、実行力もあった。
そしてこれまでの知事とは違い、村落部に対して多くの政策を打ち出してきた人でもある。
それまでの知事は、町のインフラ整備ばかりに手をかけていていたので、
彼が知事になった頃は、私たちの同僚の間でも評判の知事だった。
そして、サッカ曰く、その傾向は今でも続いており、
今回の知事選でも村落部の開発重視をマニフェストとして掲げている、とのことだった。

一方、そんな知事が面白くないのは町の人。
特に教育関係者と医療関係者の間では評判が悪かった。
病院建設や学校設備に対する政策が弱いと非難囂囂だった。
そこで今回の選挙戦では、医療関係者と教育関係者は、
近くの大都市在住の医学博士だったバルー県出身者を担ぎ出し、対立候補として擁立をした。
当然この候補、町のインフラ整備(特に病院・学校)の充実をマニフェストとして掲げていた。
こうしてバルー県の世論は町対村で真っ二つになっていた。



さて、私。
気分的には現職を応援したかった。
一応はかつて村落開発のプロジェクトをその現職の知事と推し進めてきた経験があったから。
しかし日々の勉強と調査に疲れ、それを癒すためにアレジャンに戻ってきていたので、
選挙戦自体にかかわるのが煩わしかった。
そもそも選挙戦に関わろうにも、こちらは一介の大学院生。
傍観の体であった。
しかし、アナバヌア村選挙参謀はそれを許してはくれなかった。



アレジャンに戻ってから2日目昼下がり。
サッカは私が泊まっているラエチュの家にやって来た。
『タヤ、少し付き合ってくれ』。
どこへいくのかと訪ねても、彼は『いい所だよ』としか答えない。
のんびりとベランダのテラスでコーヒーを飲んでいた私としては、
かなり面倒だったのだが、サッカに押し切られるように家を出た。

サッカのバイクの後ろに乗り向かった先はバルーの町だった。
4月はまだ雨季の雨が残っている。そのときも小雨が降っていた。
ずぶぬれになりながら町に着く。
サッカは数軒の家を訪ねて、誰かを探しているようだった。
何軒かまわり、私もサッカもすっかりずぶぬれになり、私の機嫌も最悪になった頃、
ある大きな家に身を寄せた。
しかし家の中には入れてもらえず、テラスで待つことになった。
一体誰に会うつもりだ!とかなり不機嫌になっていた私に
サッカは『バルー県の県議会副議長だよ』と答える。
そして、『その副議長が現職陣営の選挙参謀長なんだよ』と言う。
話が見えない。
なぜ、ずぶぬれになりながら私が選挙参謀長に会わないといけないんだ?



その選挙参謀長は昼寝の最中とのことで、
サッカも私もずぶぬれになったままテラスで待っていた。
家人があまったるいコーヒーを出してくれたのが唯一の救いだった。
そして待つこと2時間が経過した。
すっかり弱りきった私の前に、でっかくて引っ込みのつかない腹を抱えながら、
その選挙参謀長は現れた。
サッカの低姿勢から見て、その人がずいぶん偉い人だとはわかったが、
こちらはずぶぬれで2時間待たされたこともあり、当然ぞんざいな態度。
『君がサッカの友人の日本人かい?』との問いも、『あぁ』と生返事のまま黙り込む。
その様子を見てか、家の中からタバコを取り出してきて、ぽんと私の前においた。
私が吸っていた銘柄(インドネシアの銘柄)と同じタバコだった。
『まぁ、吸いたまえ』。



妙なもので、人から物をもらうと人間気分が良くなるらしい。
それ以後は、現職の知事について私の知る限りの良い点を話し合っていた。
副議長はそれをいちいちうなずきながら手帳にメモしていた。
これも妙なことだが、自分の話を人が一所懸命にメモをとりだすとすこぶる気分がよくなったりする。
だから小1時間もその話を続けてしまった。
最後に副議長は、『君の話は明日議会で話そう。とてもいい話をありがとう』と
お礼を言われてしまった。
またまた妙なもので、人から有難うと言われるとつい調子に乗ってしまうものである。
なので副議長から『最後に、現職を推薦します、と君のサイン入りでここに書いてくれるかい?』と
手帳を渡されたら、ほいほいとサインをしてしまった。
しかも副議長の言われるままに私の所属をJICAということにして・・・。



その後、副議長から同じ銘柄のタバコをさらに二箱手渡された。
タバコを三箱もただで手に入れたことでホクホク気分だった。
が、アレジャンに戻ってから、自分の行動が軽率だったと反省した。
三箱のタバコ如きでおだてられた後味の悪さが相俟ってか、
同じタバコなのに、その煙は苦い味だった。



同年6月、サッカから携帯でメールが届いた。
私の書いた1枚の紙切れがはたして通用したかどうかは知らないが、現職が勝利、とのこと。
サッカは大喜びだったが、私は後味の悪さを思い出し、タバコの銘柄をかえることにした。



あれから約1年が経とうとしている。
そしてこの4月(2006年4月)、私はまたアレジャンに向かおうとしている。
現職の知事が再選を果たさなければ、アレジャンに明日は無い、とサッカは言ったが、
果たしてアレジャンは変わっているのだろうか
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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