先日使用した足踏み脱穀機を返すために
近所の農家へ行く。
丁度、小屋で米を精米している最中で、脱穀機を片づける傍らに
脱穀機の話を聞いた。

僕のうちには、動力式の脱穀機しかなかったため(これもかなり年季が入って入るが)
この近所の農家から足踏み式脱穀機を借りたのだが、
どうしてこんな古い道具がまだ残っているのか、尋ねてみた。
すると、その農家は、
「動力の脱穀機もあったけど、あれやと種がとれん。足踏みでないと、実が割れたり傷ついたりする。来年の種籾をとるためには、足踏みでないと」
と教えてくれた。

田植えが機械化し、
苗が農協から来るようになり、
農家は自分で苗代をしなくなった。
だから農家は自分で種籾も取らなくなっていった。

種籾をとらなくなるということは、
種に関しての従属的な関係が出来上がると同時に、
それよりも重大なのが、農家が育種をやめるということでもあろう。
農民が圃場で直に選種選別し、優勢な株から種籾を取り続ける地道な育種活動が
戦前までの数千年数万年という農の歴史を支えてきたのである。
かつて神力や亀の尾など、
篤農と呼ばれた農民たちの地道な育種活動から生まれた品種が
この国中にあふれていたのだ。

「育種までしてたかどうかはしらんけど、俺のじいさんはやたらと几帳面な人で、いろいろと種籾を分けては取っていた」
とその農家は教えてくれた。
大事な種籾をとるための道具として、
足踏み脱穀機は、その主な役目を動力に譲った後でも
農家では活躍していたのである。
だから大事な道具として、今でも農家の小屋に眠っていることが多いのかもしれない。
またひとつ、先人の農の息吹を感じることができた。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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