セネガル人のI君の初仕事の日。
I君の妻であるAさん(協力隊OG)が通訳をする中、
とりあえず、うちの農園での作業全般をやってみることに。

インドネシア研修生のH君とは違って、
セネガルのI君は、母国で農業を生業としていたわけではない。
それでも両親は半農生活で、それなりに家の手伝いはしていたので
農の体使いは心得ている感じではあるが、
H君のように細やかな鎌使いや、立ち姿が様になるような鍬使いはできない。
ベビーリーフも収穫してもらったのだが、
普段、そういうものを食べないからだろうか、
なかなか規格通りには収穫できなかった。
菜っ葉を握る力も入りすぎていて、少しぎこちなかった。
まぁ、そのうち慣れるだろう。
他にもモロヘイヤやつるむらさきの収穫を体験してもらった。
調整作業(汚れた葉を取って袋詰め)も、ぎこちなかったが
それでも根気よく取り組んでいた。

半日仕事全般を体験してもらって、最後に、
この仕事で本当に良いのか?
とI君に尋ねた。
日本には、外国人に対して間口は小さいものの、他にもいろんな仕事はある。
農業に対して思い入れがなければ、辛くて安い時給のこの仕事は勤まらない。
するとI君は
「汗をかかないのは、俺の仕事じゃない。ここの作業は、俺の仕事だ」
と答える。
農業がどうとかこうとか、というのはない。
そう、ない。
僕が見てきたインドネシアの農村にすむ人々もそうだった。
生業として農があり、それ自体が生活であり人生である感じだった。
職業としての選択肢の一つしての農業。
こうとらえているのは、僕たちだけなのかもしれない。
いろんな選択肢が増えることが、農村開発だと思っていたことがあった。
その中に職業の選択ももちろん入っていた。
が、最近は、農の営みが職業の一つとして選択肢に入ってしまうことで
労働量と収入の多少によって職業というカテゴリで比較が可能になる反面
自然の流れと深いつながりを持つ、それらの労働の内容と意味が
軽視もしくは見えなくしてしまっているのかもしれない、と思うことがある。

すこし余談になってしまったが、
とにかくI君にとって、
仕事なんてものが、独立してそれぞれが並列して存在していないということだろう。
体を使って、汗かきべそかきしながら生業に励み、そしてその人生を過ごす、
ということだろう。
選択肢が氾濫するこの日本において、
他に気持ちが移るまでは、僕は彼と共に労働をしよう。
こうして彼の採用を決めた。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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