青年海外協力隊のエッセイのお引越し。
この出来事があったのが、2003年。
あれから時が流れて、あの時の関係で今
僕の農園にそのインドネシアの高校から
圃場の技術指導の先生が1人、農業研修生として来ている。




素やきそば



『あいつら、なーんもくわんかった(あの人たちは、何も食べなかった)』そう言って酒をぐいっと飲む。
『ほんで、あいつら目の前でカップラーメン食べたんや。ほんと食べたのは具の入ってないやきそばだけやった。素やきそばや。』
遠くを見つめ、おじさんは語っていた。

これは、この前のお盆の一幕。
毎年恒例になっている一族郎党が会しての宴会の席だった。
私の母の妹のだんなという、ワードの変換で『の』が多すぎますと注意されるくらいの関係の人も来る。
その人が、先日インドネシアの高校生を数日預かった時の話だった。
その高校生達は、真心込めて作った家庭料理を殆ど食べなかったらしい。
それどころか、インドネシアから持ってきた『Pop Mie』というインスタントラーメンを
目の前で食べたという。
こっちが一所懸命もてなしているというのに・・・。
読者諸君には、もう少し遡って説明したほうが良さそうだ。



私はインドネシア語が出来る。
まぁ1年以上も使っていないので、やや怪しくはあるが。
そういうことで、先日通訳という仕事をした。
通訳と言うほど仰々しい仕事ではなかったが、
インドネシア語と日本語を互いに使い分けて、
インドネシア人と日本人の間に入ってお互いのコミュニケーションを手助けする仕事をした。

福井には、福井農林高校という立派な学校がある。
どこでどうなったのか、詳しくは知らないのだが、
インドネシアのバンドゥンという街にあるタンジュンサリ農業高校と独自に友好関係を築いている。
何年か前には友好協定を結び、互いに行き来する仲になっていた。
そして今回。
全国高校総合文化祭という大会に、福井県はタンジュンサリ農業高校を招聘したのだった。
聞きなれない単語が続き、よく事情が解らなかったと思われるが、
私もこれ以上の理解をしていないので、書きようが無い。
あらかじめ謝っておく。
全国高校総合文化祭なるものは、今年で26回目だという。
今年は横浜で開催された。全国からたくさんの高校が参加する。
文化系のクラブの大会という事なのだが、今回この仕事(通訳)をするまでは、
聞いたことが無かった。
26回と言うからには、私が高校生の時もどこかでやっていたという事か。
それは良いとして、とにかくその文化祭に、
福井県は福井農林高校と友好関係を結んだタンジュンサリ高校を招待したのだった。
横浜での総合文化祭に、タンジュンサリ高校がインドネシアの伝統芸能を披露するためだった。
そして、その通訳として、私に白羽の矢が立った。

説明が長くなったが、本題に入ろう。
タンジュンサリ高校の一行は、インドネシアから着いた後、
直接横浜には行かず、数日福井に居た。
農林高校見学や福井の文化施設を見学したりした。
その間、タンジュンサリの生徒は2~3人に分かれて、
福井農林高校の生徒の家にホームステイをした。
私の母の妹のだんなの家もその1つだった。
預かったのは2人。
女の子だった。
福井農林高校では、ホームステイのホストファミリーに対し、
事前研修を設け、文化の違いや食の違いを説明したという。
宗教の違いにより、豚は不浄(きたない)な生き物と考えられ、一切食べないと説明もあった。
そこで、当日は豚を使わない料理を考え、出来るだけおもてなしをしたという。
『そんなのに、あいつらなーんもくわんかった』
酒をぐいっと飲む。
『何にも、食わんかった。ほんと食べたのは具の入ってないやきそばと目玉焼き、白いご飯やった』
そしてまた酒をぐいっと飲む。
『それどころか、食事の後、インドネシアから持ってきたカップラーメンを目の前で食った。俺はなさけのうなった(情けなくなった)。人の気持ちがわからんのかと思った』。
私は通訳をしていた立場上、そのときの女の子2人からも話は聞いていた。
要するに日本食は塩っ辛いという事とどこかに豚が入っているかもしれないという恐怖心だった。
それを説明してもおじちゃんは納得しなかった。
『そうだったとしても、目の前でカップラーメンを食べる事はないやろう。もてなしているほうの気持ちを考えたら、普通はしない』。
そう。
普通はしない。
もう少し付け加えるのなら、普通の『日本人は』しない。
でも、相手はインドネシア人である。
もてなしたほうの気持ちというのは、もてなすほうの勝手な気持ちだ。
それも文化や言葉が全く違う相手である。
日本人のもてなしの気持ち、(ここではどこに豚肉が入っているか解らない塩っ辛い食べ物、に対し)、どうやって誠意を見せろというのだろう。

私が協力隊の時、このような類の話は、はいて捨てるほど聞いたし、経験もした。
これは日本人が陥りやすいロジックなのだ。
ある機械系の隊員は『こっちがどんなに一所懸命助言しても、聞き入れてくれない』と言い、
ある医療系の隊員は『衛生管理に不備があったから、その改善のために仕事の時間外に講座を開いたけど、誰も来なかった。みんなやる気あるのかしら』と言った。
私の場合はこうである。アレジャンに住み着いて間もなくの頃。
ある農民の畑が雑草でひどい状況だったので、草むしりを手伝ってやると、
いつの間にか畑の持ち主は居なくなってしまい、私だけが草むしりを続けていた。
その後その農民の家に行くと、お茶を飲みながらドミノというカードゲームに夢中になっていた。
私は怒って『なんで1人で帰るんだ!』というと、彼はケロリとした顔で
『だって、仕事が終ったから』といった。
勝手に手伝い、勝手に一所懸命になり、勝手な思惑で感謝されたかった、そういうことだった。
農民はごく普通に、勝手に一所懸命になっている外人はそっとしておいて、
仕事も終った事だし家に帰ろうと思っただけだった。
こっちが勝手にこうした方が良いと考えたり、こうしたら感謝されるだろうと考えたり。
そういう考え方は自己満足以外の何物でもない。
そして、その通りの反応に出会わない時、可愛さ余って憎さ100倍って事にもなる。
相手は、文化や言葉、歴史、生活、何もかもが違う人々なのだ。
自分の今までの経験や培った考えでは、相手の気持ちがわかるはずが無い。
そう、解らない。
解らないという事が解る。
これがスタートライン。
そこから、進む人もいれば、解らないとあきらめる人もいる。
でも、国際交流だの国際理解だの、聞いていてさっぱりわからない言葉が今、
日本には溢れている。
勝手な思い込みや、きらめくような言葉として使われている国際理解・そして国際交流、国際協力は、
何の理解も無く、無秩序に使われている。
そんなものより、おじちゃんが言った『素やきそば』は、
確実にインドネシア理解のスタートに立ったものだった。
『(インドネシアの女の子二人が、カップラーメンを目の前で食べ始めて)俺は、なさけのうなった(情けなくなった)』。
来年タンジュンサリ農業高校から福井農林高校へ、2人長期の留学にやってくる。
素やきそばからのスタートライン、まだまだこれからである。
おじちゃん、期待していますよ。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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