ある人から、こんなことを言われた。
「毎日毎日、菜っ葉の収穫で大変やねぇ。ほんと、えらいわ。毎日、同じことの繰り返しやろ?僕やったら、耐えられんわ。」
こうはっきり言われると、言葉を失う。
「農業には農業なりの、それはそれでとても面白いことがあるんですよ。」
と答えるのが精一杯だった。

そういえば、以前研修に来ていた人も
「数日間の農作業というルーティンワークの中で、私が何を得たのかを考えましたが、これが一体なんだったのか、その答えを見つけるのが難しいです。何の意味があったのか、どういう面白さがあったのか・・・」
と言っていた。
僕には、すこぶる面白い仕事であり、生活であるのだけど、
どうもそうは見えないようだ。

確かに、僕も協力隊を終えて、実家で農業をしていた時に
自分が始めたベビーリーフの仕事がルーティンで面白くない、と思っていた。
毎日毎日収穫してパックに詰めて出荷する。
その仕事の中に、一体、何の楽しみがあるのかも解らなかった。
今日のある人と以前の研修に来た人は、たぶん、以前の僕と同じように
農業を見つめていたのだと思う。

仕事と生活を突き放して、仕事だけを切り取り、それだけを見つめてみれば
たぶん、そういう風に見えるのだろう。
同じことの繰り返しのような仕事。
仕事として見つめるから、全体じゃなく、その労働そのものに目を向けてしまうのだろう。
「つらい、きつい、きたない」労働、というように。
そして時間評価による労働の観念に現代人は囚われているため、
時給の評価と野菜の価格の安さから、その労働自体を低く評価してしまうのだろう。
使用価値と交換価値の違いも、その視点には入っていない。
さらには、とても短い時間での接触であるため、
四季の移ろいと共に感じる農の営みや自然の流れを感じることが出来ないのだろう。
それらの分断された視点から、農業の労働だけを見つめれば
確かに、面白い要素はほとんどないだろう。
周りのパートさんや母親などが、
「お金のいらないサウナでダイエット」
とその労働を評価するくらいが関の山だ。

農の営みの醍醐味は、すぐには伝わらないのかもしれない。
すぐに伝わらないものだから、皆、農業をやめていったんだろう。
殺伐としない充実した生活がそこにあるにも関わらず。

妻は農業をしていない。
が、農の営みの醍醐味は共有している。
そして、毎日の夕食。
僕らは、時間をかけて食事を作り、時間をかけて食事をする。
採れた野菜をふんだんに使って。
その毎日から、僕は農業を見つめている。
ルーティンな収穫作業の中に、食欲をそそる発見がある。
こう食べよう、ああ食べよう、妻が喜ぶに違いない、これなら娘はきっと食べるだろう。
そんな発見と評価がやがては家族だけでなく
もっと大きく大きく世の中に広がっていることに気が付く。
その関係に気が付き出したとき、
農業は別の風景として見えだしてくる。

この楽しみは
なかなか、伝わらないのだろうけど、
それが、僕の農の営みの楽しさなのだ。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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