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親愛なるサカルディンへ

『サッカ(サカルディンの愛称)元気にしていますか?
見知らぬ土地で、君が頑張っている事を思うと心配になります。
良い仕事は見つかりましたか?
出稼ぎでは、重労働が多いと聞いています。君に向く仕事があるのかどうか、心配です。
先日、君がマレーシアに旅立った事も知らず、アレジャン集落を訪れました。
僕が帰国して1年が経ちますが、アレジャンは当時と同じでほとんど何も変わっていませんでした。
ただ、サッカがいなかっただけでした。
君に支えられた3年間。
活動が辛くて、君に愚痴をこぼした3年間。
意見が合わなくて、喧嘩した事もあった3年間。
それでも最後には、私と共に活動してくれた3年間。
アレジャンのみんなは、そんな僕たちを見て、『兄弟』と言ってくれていたね。
本当にサッカの事を『兄』だと思っていた。
僕がどんな活動をするにも、サッカは常に手伝ってくれたし、参加してくれた。
本当はサッカが少ない土地でも、うまくやっていけるようにと、
当時の僕はいろいろな活動を作ってきたのだけど、
結果として君の手元に何を残せたのか、今の僕には解りません。
以前から、サッカはよく言っていたよね。
マレーシアの従兄弟が出稼ぎに来いと誘ってくるって。
そして、君は言っていた。アレジャンを離れたくない、アレジャンで生活していきたいって。
僕もそれを聞いて、いろいろ考えて、当時の僕ができることをいろいろやったつもりだけど、
結局君は出稼ぎに出て行ってしまうのだね。
でも、それで君の生活が成立つのなら、それが良いのかもしれない。
僕はあまりにも無力です。兄に何もしてやれなかった。ごめんなさい。

サッカ。もしこの手紙をどこかで読む機会があれば、連絡ください。
君が行ってしまった場所は、僕には解らない。
もう二度と会えないなんて考えたくない。
それから、サッカ、これは約束だ。
君がどこへ行こうとも、僕はそこまで尋ねて行く。
だから、サッカもどこかへ行く前には、僕に行き先を連絡してください。
君の事をいつも考えています。

君の弟、田谷より』


2002年、新年が明けると、私はアレジャンに行きたい思いでいてもたってもいられなくなった。
思い立ったが吉日。
すぐさまチケットを予約し、1月30日インドネシアの地に降り立った。
アレジャン入りを果たしたのは、2月2日土曜日。
太陽もだいぶ西に傾き、日中の日差しの強さが幾分かその緊張をなくした夕暮れ前だった。
私がこの地を離れて1年以上が過ぎている。
当然アレジャンの様相も変わっていた。
石鹸とインスタントラーメンとタバコだけは山のように置いてある売店も
何件か新しく出来ていて、見覚えのある売店のいくつかは跡形も無くなっている。
帰国する前に村人が作っていた灌漑施設も、
ここ最近の大雨で土砂が入り込み、水が溢れ出している。
私が入村した当時には、まだまだ苗木だったパパイアの木も、
たわわに実をつけていた。少しずつ変化していた。
1年。
短いようでも、私の知らないアレジャンは、確実に増えている。
寂しさと頼もしさが交じり合った複雑な気持ちで、
わが家、『100の柱の家』ラエチュの家の前に着く。
私の姿を見ると村人が『田谷が帰ってきた!』や『お土産はどこだ!』と歓迎してくれた。
私のことを覚えていてくれて、しかも突然やってきた私を温かく迎え入れてくれた村人の態度に、
目頭が熱くなった。
小さな変化はあったが、やはり村人は変わっていない。
そう思いながら、ラエチュ氏の家に上がる。
丁度ラエチュは田んぼに出ていて、家にはいなかったのだが、
家にいたムルニィ(ラエチュの長女)とエルナ(ラエチュの次女)が温かく出迎えてくれた。
私が3年いた部屋はそのままになっていて、
当然のようにその部屋へ通してくれた。
当時のままだった。
新しく買ったハンドトラクターのエンジンが、ベッドの横に我が者顔で横たわっている以外は。
当時のままという安心感と当時の懐かしさで胸がいっぱいになる。
ムルニィがお茶を入れてくれた。
当時と同じ。
この家では、大事な客にはミロを出す。
この時もミロが出てきた。
そして、味も同じ。
ミロになぜか砂糖を入れて出す。
ただでさえ甘いミロがさらに甘く、当時はウザッタイとしか思わなかったその味も、
懐かしさでいっぱいになった。
ああ、何もかも変わっていない。
同じだ。その同じさが嬉しかった。
私はムルニィに尋ねる。
みんな元気か?
『みんな元気にしてるよ。でも、エルナの夫はまだサンダカン(マレーシア、ボルネオの街)に出稼ぎに行っていて、帰っていないけど』。
私が帰国する前に、エルナは結婚した。
密月の時間はたったの2ヶ月しかなく、彼女の夫はマレーシアに出稼ぎに行っていた。
この前のイスラム新年には、一度戻ってきていたようだが、またすぐに出稼ぎに戻って行ったらしい。
エルナもどこか元気が無い。
アレジャンのように、恵まれない山村では、出稼ぎは重要な金銭獲得の機会だ。
仕様が無い話で、この地域のだれもが持つ悲しみの側面である。
サッカ(サカルディンの愛称)は元気かな?
彼にはお土産があるんだ、早く会いたいけど、この時期だと田んぼに出てるかな?
と尋ねる私に、ムルニィの顔が一瞬曇る。
『田谷、サッカは3日前の水曜日に、マレーシアへ行ってしまったよ』。
え?マレーシア?3日前の水曜日といえば、1月30日。
私がインドネシアに着いた日である。
そう、サッカもまた、ここの地域の平均的な若者がもつ宿命を背負っていたのだ。
彼は、出稼ぎの仕事を探しにマレーシアに旅立っていってしまった後だった。
何も変わらないアレジャンで、ただ彼だけがいなかった。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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