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老兵編

 以前、財宝編で戦争について少し触れた。
読者諸君は覚えているだろうか?
アレジャンのような僻地であっても戦争という傷を抱えていると言う話だった。
その話を書いている途中に、私の頭の中で訴えかける人物がいた。
それはひとりの『老兵』である。
『わしを書け!』としつこくささやくので、今回書くことにする。
『老兵』はかつて、大東亜戦争において日本軍に強制的に軍役につかされた人物で、
私に会うたびに最敬礼をすることが癖だった。
ちなみに、今回はアレジャン集落から少し遠出して、この話を語りたい。
場所は、アレジャン集落から20km離れた小さな町ペッカエでの出来事である。

 『老兵』との出会いは突然だった。
それは、通勤のために通過するペッカエという小さな町だった。
この日も暑く乾いた日だった。
スラウェシの足であるペテペテと言うミニバスに乗り、出発を待っていた。
いつまでたっても出発しないペテペテに少々腹立たしくなりながら、
何気に外を覗くと、その老人がいた。
彼は、しゃんと背筋を伸ばし、最敬礼をしながら、遠巻きに私を見ていた。
いきなりの敬礼におどろき茫然としている私に向かって、
彼は『ありがと』と、やたら『あ』を強く発音する日本語を発した。
インドネシアでは、日本軍の占領時代があったために、
お年寄りで日本語を片言ながら話す人は、そう珍しくない。
彼もその1人だった。
彼は私が乗り込んでいるペテペテに近づいてきて、窓越しに私に話し掛けてきた。
『久しぶりに日本人をみた。おまえさんの階級はなんだい?』と老人。
どうやら老人は、私を日本軍人と間違えているようだった。
おじいさん、僕は軍人ではないよ、この国に技術協力に来ているんだ、と説明する。
すると老人は、私の話が終らないうちに、『タケダ隊長は元気にしてるかね?』と尋ねてきた。
タケダ隊長?誰だそれ?だから、おじいさん、僕は軍人ではなくて…。
『タケダ隊長はいい隊長だった』人の話を聞かず、遠くを見る老人。
早くペテペテ出発しないだろうかと、誰もいない運転席を恨めしく見ている私に、老人は話し続けた。
『わしは、戦争の時日本軍の手伝いをしていた。その時わしの上司だったのが、タケダ隊長だった。日本軍人は、なにかあるとすぐにわしらを殴り倒したが、タケダ隊長は、そうではなかった』。
少々興味深い話しだ。
するとタケダ隊長は現地人には手を出さなかったのかい?
老人はまだ遠くを見ている。『いや、飯をくれなかった』ぼそりと言った。
何が言いたいのか解らず、老人を見つめる私。
老人は話を続けた。
『でも、タケダ隊長にもいいところがあった。日本軍はならず者が多くて、多くの若い女性が日本軍にひどい事をされたと聞く。しかしタケダ隊長の隊はそんな事は無かった』。
従軍慰安婦の話だ。日本では、韓国や中国のケースが注目を浴びているが、
インドネシアの片田舎でも、その様な事があったのだった。
飯はくれなかったみたいだが、タケダ隊長を少し見直した。
タケダさんはいい人だったんですね、と私。
老人は、『いや、タケダ隊長は隊員には厳しく、女性にひどい事をさせなかったが、タケダ隊長は毎晩のように女性を抱いていたよ。なんせわしがその女性を準備していたのだから』と、やはり遠くを見ながらつぶやいた。
老人の目は澄み切っていたが、その目の奥には当時の凄惨な日々が焼きついているのだろう。
私たち、日本人が忘れてはいけない過去をこの老兵が教えてくれた。
老人は遠くを見ながら日本語で歌い始めた。
『セレベスの~、山を越えて~…』、それはスラウェシ島にちなんだ軍歌だった。
スラウェシ島は、かつてセレベス島と呼ばれていた。
ダイビングで有名な北部の街マナドは、当時連合艦隊に足止めを食らわすための要塞があり、
日本軍の重要な戦略拠点だった。
多数の日本軍がおり、きっと老人もそれらの日本軍人からその歌を教わったのだろう。
歌が終わり、不意に老人は私を直視し、こう言った。
『しかし、日本は残念だったね。戦争に負けてしまったのだから。あと少し持ちこたえたなら、勝っていただろうに』。
いや、あの戦争はどう転んでも負けでしたよ、と話す私に老人は、
『いや、それは解らん。わしらはここから70km先のパレパレと言う港町で軍艦を作っていたんじゃ。途方も無く大きな軍艦だった。しかし、完成する前に日本が負けてしまったんだ。あれが完成していたら負けなかっただろう』。
そんな話は聞いたこと無いぞ、とにわかに興奮を覚える。歴史に埋もれていた新事実なのだろうか?おじいさん、その軍艦の話、詳しく聞かせてください。老人は意気込んで、話してくれた。『そりゃ~大きな軍艦さ。あんなに大きな軍艦は見た事無いよ。なんて言ったって、数え切れないほどの木材を組み込んで作っていたのだから。ここら辺にある漁船なんかよりも…えっ?鉄?使ってないよ、そんなもん。でもとにかく大きな船だったさ。…』。
長々と続く老人の話はそれ以上私の耳には届かなかった。

 ペテペテの運転手が出発を告げる。
老兵は、すこしペテペテから離れ、口早に『タケダ隊長に会ったら、約束を守れと言っておいてくれ。日本の女性を紹介してくれる約束だったんだから』と言った。
70を優に超えている老兵は、満面の笑顔でそう言った。ペテペテが出る。
老兵は、見えなくなるまで、最敬礼をしていた。

 その後、老兵とはペッカエに行く度に良く会ったのだが、同じ話以外はしなかった。
周りのインドネシア人は『彼は少々ボケているから』と言っていた。
それでも、未だにタケダ隊長との約束を待っている。タケダさん。
もし、これを読んでいたら、彼との約束を守ってやってください。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

俳句もしております。「雪解」「街」「いつき組」に所属しております。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

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