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守田 志郎 著 『米の百年』.1966年.御茶の水書房.

守田志郎の「農業は農業である」以前の書。
「農業は農業である」以降は、守田は思索的な書を書き続けるのであるが、それ以前に、学術的な研究本を数冊書いている。本書はその1冊と言っても良いだろう。
自由で、それでいてブレが無く、農民のすぐそばで思索を続けた守田の思想的基礎が、ここに読み取れることが出来る。

本書は、江戸後期から明治大正昭和、そして戦後までの米に関する書である。農業の技術形態だけでなく、農業構造や農業政策の変遷、そして流通、消費地、銘柄、品種等、ありとあらゆる米に関することを、マルクス主義の視点から考察している。本書の大半は、明治から戦前までの、大名による領有を否定した地租改正を行いながらも、地主による土地支配を公認した歪みある社会制度の中で、農業の近代化を推し進めた悲劇を考察している。

各時代の農業構造と米の価値の変化を、それに関わる国家、地主、小作、米商人といったアクター間の関係を分析することで、米の全体像を浮かび上がらせている。小売や商人の価値感、地主の利益、国家政策と戦争などが複雑に絡み合って、実際の生産者である零細自作農や小作たちは翻弄され続ける。

米の品種選びでは、自作農にとっては、作りやすいこと、多収穫であること、味がよいことなどであるが、米商人にとっては、消費地段階での流通の中で、それまでは玄米で買った米の容積にたいして、どれだけの容積の白米がとれるかが基準となっていたのである。明治30年以降には、流通の近代化に伴い(地方銀行による手形決済・鉄道網による陸路輸送への転換・電信網発達による情報取引関係の敏速化)、銘柄取引が確立し、米商と地主の利益に不一致が生じ始める。市場の発展による米銘柄の確立の中で、地主による銘柄米への働きかけも、小作の価値観としては、小作料を米で取られる制度の中で、市場での価格が高い安いは関係なく、耐病・耐肥のつくりやすくしかも多収の品種を選ぶ傾向があった。さらに消費者にとっては、値段と食味もさることながら、炊きぶえする米が好まれていた。市場と流通だけが近代化していく中で、国家制度によって支えられた前近代的な生産体系(地主による支配を公認している点)は、農業の正常な近代化を著しく妨げる結果となったことを守田は指摘している。これらのアクター間での価値観の差異が、大正以降に盛んになる小作闘争へとつながっていく。

戦争によって、国家によって支えられた地主の権力は崩壊し、小作闘争も戦争期間中に潰されてしまうのだが、敗戦を契機に、農地解放が行われるのである。流通と市場に対し、自作農家がようやく直接前面に立てるようになるのである。本書では、戦後の米事情の中で、稲作の機械化への批判を繰り返している。それらの批判の多くは、現在ではあまり通用しないものばかりなのであるが、それは逆に、その頃の批判が知らず知らずのうちに、すでに現代では共有された価値そのものとなっているのかもしれない。ただし、機械化が進む中で、それに合わせた価値の平準化が進み、小農の離農が進んだ、という批判は、ある程度当てはまるだろうが、それでもなお、第2種兼業農家として農外セクターでの収入を農業セクターに投資しながらも機械化を続けてきた大多数の農家個人が持つ農へ価値については、守田の指摘では、捉えることができない。戦後の機械化と農家の兼業化とその価値観を考えるのであれば、暉峻衆三の「日本の農業150年」(有斐閣)が適当であろう。

本書の真価は、農業構造の歪みが是正されていない場合、農業の近代化政策は、零細自作農・小作農の農の営みに歪みを生み出すという指摘である。もはや日本的問題ではないのかもしれない。しかし、食糧危機を煽るこの時代に、海外への農業援助の重要性を声高に唱える人々がおり、それらの多くが農業の生産性向上による近代化を推し進めようという論調なのである。そして途上国と呼ばれる多くの国では、農業構造は国家に支持され、歪められた形で存在しているのである。かつて緑の革命によって、多くの農民がマージナルに追いやられた経験も、本書はそれ以前に書かれていたので、歴史に学ぶことさえできれば、あるいは回避できた悲劇だったのかもしれない。第2の緑の革命的な悲劇を生まないためにも、ただ単純な農業生産性向上を目指すべきではないだろう。多くの人に、本書と守田の眼差しに学んで欲しいと愚考する。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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