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冷蔵庫編

 今回は冷蔵庫について少々書こうと考えている。
その前に、読者諸君の中にはもうすでにお気づきの方もいるかもしれないが、1つここで断っておきたい。
愛しのアレジャン集落は、時間軸に必ずしも忠実ではない。
そのため話が前後したりするのは、やむを得なくなっている。
私がきちんと順番に思い出せれば良いのだが、なにかの拍子に思い出す事が多い。
今回、冷蔵庫について書こうと思うが、前回までのエッセイの中に、少々時間軸的にずれている事があるので、確認しておきたい。
生活編では、『家のファシリティーとして冷蔵庫がある』と書かれているが、一方で酒談話では『冷蔵庫は無い』となっている。
これは酒談話の方が古い話で、私が住んでいるうちに、アレジャン集落長のラエチュ氏は冷蔵庫を買った。
そのため、その後を書いた生活編では冷蔵庫があることになっている。
今回の話はそれらの話の間である。つまり、冷蔵庫を買ったときの話だ。


 アジアの通貨危機をご存知だろうか?
その構造を私はよく知らないため、ここでは言及しないが、
1998年にインドネシアでも一般的にそれとわかる社会現象がおきた。
通貨価値が下がり、一般に不況と呼ばれている状況になった。
それは現在でもインドネシア経済を圧迫しており、次から次へと変わっていったインドネシアの政権も、この不況をどう乗り切るかが最も重要な政策の1つだった。
しかし、1999年不況の真っ只中で、ラエチュ氏は人生の冒険をしたのである。ある意味、大きな賭けだったのだろう。そう、彼は冷蔵庫を買ったのだ。

 1994年に初めてアレジャン集落に電気が来た。
テレビは1995年に集落長のラエチュ氏のいとこマラ氏がはじめて購入した。
私がこの村にやって来た1998年当初は、200~300人いるこの集落にテレビは、
壊れたものも含めて5台あった(内こわれたものが3台。それでも大切に飾ってある)。
このような状況で冷蔵庫は、村人にとって夢のまた夢である。
私の友人のサカルディンは、齢30になるいい大人だが、
なんてことないジュースを凍らせたアイスが何よりも好きである。
しかし、街まで行かないと食べられない食べ物であるため、
彼は時々であるがそのアイスを食べるためだけに街までいく事がある。
ちなみに街までは40㎞離れており、ミニバス(ペテペテ)で1時間以上かかる。
実際、私も休日にサカルディンからアイスを食べに街まで行こうと誘われて、
断るのが大変だった記憶がある。
冷蔵庫の無い生活では、このような類の話は日常茶飯事なのだ。
そんな中、集落長のラエチュ氏は、どこかで大金を手に入れ、冷蔵庫を買ってきた。
しかも不況の真っ只中に。彼が何を意図して冷蔵庫を買ってきたのかわからないが、
村人は狂喜した。これで、氷が村の中で買えると。
サカルディンは私を見て、
『田谷が羨ましい。これでいつでもアイスが食べられる。』
と本気で羨ましがっていた。
村人の予想に反さず、ラエチュ氏はアイスキャンディーの製作にいそしむ事となる。
これによりしばらくの間は、私の下宿つまりラエチュ氏の家の前に
アイスを買う村人で行列が出来たのだった。

   
 そんなある日。私は何気なく冷蔵庫をあけてみた。
冷蔵庫は現在のように3ドアや4ドアのようなハイカラなものではない。
2ドアでもない。
1ドアなのだ。
どういうことかお分かりだろうか?
冷凍庫が冷蔵庫の内部に申し訳ない程度あるだけのものなのである。
そんなものみた事も無いという人がいれば、
近くの電気店でカタログを見せてもらえば、あるはずである。
しかし現物がおいてある可能性は低い。
アレジャン集落ではその1ドアの冷蔵庫が一番の最新式なのである。
その1ドアの冷蔵庫の内部冷凍庫ははじきれんばかりのアイスで一杯だった。
が、しかしそれ以外の冷蔵庫の内部には何も入っていないのである。
いや、ペットボトルの水が申し訳なさそうに冷やしてあるだけだった。
野菜も魚もお肉も入っていない。冷蔵庫の横にあるテーブルの上には、
ハエの集った魚としなしなになった野菜があった。
ちなみに、その魚はその晩、私の夕食として美味しく胃袋に収まる事になる。

 この状況に見かねて、私はラエチュ氏に冷蔵庫の使い方を指導する決意をする。
冷蔵庫の使い方に問題が…、と切り出す私。
すかさずラエチュ氏、『わかってくれたか。私も問題だと思っている』。
なんだ、彼も問題をわかっていたのか。それならば話は早い。
私が冷蔵庫の使い方を説明しようとした矢先だった。

『冷凍庫が狭すぎて、アイスが思うように作れない。
田谷、冷蔵庫の方でアイスを作れる方法があれば教えてくれ』

とラエチュ氏。
精神的ダメージを受け、何もいえない私。
しかし、そんな私が見えないのか、ラエチュ氏はさらに熱くアイスクリーム事業を語りだす。
生温かい熱帯のある夜はこうして過ぎていった。

 では、何も冷蔵庫の使い方を説明しなかったか、というとそうでもない。
別の日を選んで、話がアイスにならないように、
ドアのポケットのくぼみには卵を入れるということを伝えた。
その時のラエチュ氏とその家族の目はまさにうろこが落ちた、という観だった。
今現在、彼らがどう冷蔵庫を使っているか解らないが、
私がいた最後の日まで、冷蔵庫には一杯のアイスとドアのポケットに卵が入っているだけだった。
私が協力隊としての成果を問われれば、その1つに
『村人に冷蔵庫のくぼみは卵を入れるためだ、と教えた』
が入ることは間違いない。

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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

俳句もしております。「雪解」「街」「いつき組」に所属しております。

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