今考えても、可笑しな銀行だと思う。
だが、放牧システムとしては、これほど労力をかけないものはないだろう。
他の地方だが、農耕馬の管理をアレジャン集落と同じようにしていたので
この方法が、それほど突飛なものではないようだ。

第5話 うし銀行
アレジャン集落には不況知らずの銀行がある。
インドネシア、いやアジアでおきた経済危機・通貨危機なんぞ屁でもない銀行である。
アレジャン集落でお金持ちの層に属している人であれば、だれでもその銀行に入っている。
その名も『うし銀行』。
この銀行は通貨や金を一切あつかわない奇抜な発想の銀行で、預けるものは、うし(牛;主に家畜として人間には親しまれている)のみなのだ。銀行のある場所は、アレジャン集落の後ろにそびえたつ山々である。白猿の長老が住む森(長老伝説参照)を突き抜けると、山の中腹から頂上にかけて巨木が無くなり、潅木や草のみの草原が広がっている。そう、そこが『うし銀行アレジャン本店』なのだ。
アレジャン集落は、棚田の村である。集落から谷底の川にかけて約100haの棚田を持つ。山岳地帯に位置している事もあり、大型の家畜を放牧する場所を確保する事が難しい。そのため、一般の村人は鶏や山羊といったそれほど大型にならない家畜をかっている。しかし鶏や山羊では家畜としての価値がそれほど高くは無い。お金持ちであれば、もっと大型の家畜を飼いたいと思うのは当然のことである。ならば、家畜小屋で集約的に飼えば良いではないか!と意見する人もいるであろう。私もそう思う。しかし、不幸な事に(貧困な地域はとかくついていないものである)この地域に在来している牛(バリ牛)は牛舎で集約的に飼うのに向いていない。私の同僚の隊員(畜産指導)が、試験的に牛舎でバリ牛を飼ってみたところ、8割の牛が舎飼いのストレスのため死亡してしまったのだ。つまり、ここの牛は自由奔放を愛し、誰からの干渉も嫌う志の高き牛たちであった。アレジャン集落の人たちは、そんな牛たちと上手に付き合ってきたのである。それがうし銀行というシステムであった。
さて、前置きが長くなったが、ここからうし銀行のシステムを説明しよう。牛を飼いたいと思ったアレジャン・ブルジョワは、買ってきた牛をうし銀行アレジャン本店まで連れて行く。預り証は無い。預けたという本人の記憶が重要である。うしを預けた後(放牧?)うしはすでに預けられているうしの群れの中で暮らし、年々子をなし利子が生まれる。預けたアレジャン・ブルジョワは、なにか大きな式典や冠婚葬祭で大金が必要な場合、うし銀行に行き預けたうしを呼ぶ。うしは市場で買われてきて銀行に放置されるまでの身近な期間しか主人を見ていないにもかかわらず、よばれればやってくるという。どこか間抜けな話しだ。さらに銀行は山の頂上部にあるため、外部からの侵入は非常に難しく、さらに預けていない人が山に登れば、その過程で誰かしか村人に会う可能性も高いため、村人曰く安全でしかも確実な銀行だと言う。私にはにわかに信じられなかった。が、実際に銀行(放牧地)も見たし、それを活用している人にもたくさん会った。つまり、共同放牧地を決め、そこに放牧しているのである。
しかし、いまだに疑問がのこる・・・。うしを銀行からおろすときである。呼べば来ると言うが、本当だろうか?私はアレジャン集落でもっとも仲の良かった青年サカルディンにその事を尋ねた。彼はこう言った。『呼べば来るのは本当だ。しかし来ないとしても、預けたうしが1頭ならば群れからどれでも良いので1頭連れてきてもいいんだ。』なるほど。では、確実に子をなして利子がつく点はどうなんだ?『確実に増えるかどうかは誰にもわからない。ただよんでやって来たうしに他のうしがついて来た場合、そのついて来たうしはそのうしの子供と考えるんだ。そう言ううしをGETできると幸運さ。』ということは、子供でもないうしが勝手について来た場合は自分のものになるのか?『そう。でも、牛のいるところはかなり環境的に厳しいから、野犬に襲われたり崖から落ちて死んでいるのもたくさん見かける。』では、銀行に預けた人が皆うしをおろしに行くと?『遅れた誰かはもらえない。』

(牛を追う青年。彼は牛を預けていないので、牛は逃げる)
厳しい環境の中、すこしでも資本を増やそうとする素朴な人々が考えた画期的なシステム、うし銀行。しかし、アレジャン集落の様な素朴な人たち以外にはこのシステムは運営できないであろう。
だが、放牧システムとしては、これほど労力をかけないものはないだろう。
他の地方だが、農耕馬の管理をアレジャン集落と同じようにしていたので
この方法が、それほど突飛なものではないようだ。

第5話 うし銀行
アレジャン集落には不況知らずの銀行がある。
インドネシア、いやアジアでおきた経済危機・通貨危機なんぞ屁でもない銀行である。
アレジャン集落でお金持ちの層に属している人であれば、だれでもその銀行に入っている。
その名も『うし銀行』。
この銀行は通貨や金を一切あつかわない奇抜な発想の銀行で、預けるものは、うし(牛;主に家畜として人間には親しまれている)のみなのだ。銀行のある場所は、アレジャン集落の後ろにそびえたつ山々である。白猿の長老が住む森(長老伝説参照)を突き抜けると、山の中腹から頂上にかけて巨木が無くなり、潅木や草のみの草原が広がっている。そう、そこが『うし銀行アレジャン本店』なのだ。
アレジャン集落は、棚田の村である。集落から谷底の川にかけて約100haの棚田を持つ。山岳地帯に位置している事もあり、大型の家畜を放牧する場所を確保する事が難しい。そのため、一般の村人は鶏や山羊といったそれほど大型にならない家畜をかっている。しかし鶏や山羊では家畜としての価値がそれほど高くは無い。お金持ちであれば、もっと大型の家畜を飼いたいと思うのは当然のことである。ならば、家畜小屋で集約的に飼えば良いではないか!と意見する人もいるであろう。私もそう思う。しかし、不幸な事に(貧困な地域はとかくついていないものである)この地域に在来している牛(バリ牛)は牛舎で集約的に飼うのに向いていない。私の同僚の隊員(畜産指導)が、試験的に牛舎でバリ牛を飼ってみたところ、8割の牛が舎飼いのストレスのため死亡してしまったのだ。つまり、ここの牛は自由奔放を愛し、誰からの干渉も嫌う志の高き牛たちであった。アレジャン集落の人たちは、そんな牛たちと上手に付き合ってきたのである。それがうし銀行というシステムであった。
さて、前置きが長くなったが、ここからうし銀行のシステムを説明しよう。牛を飼いたいと思ったアレジャン・ブルジョワは、買ってきた牛をうし銀行アレジャン本店まで連れて行く。預り証は無い。預けたという本人の記憶が重要である。うしを預けた後(放牧?)うしはすでに預けられているうしの群れの中で暮らし、年々子をなし利子が生まれる。預けたアレジャン・ブルジョワは、なにか大きな式典や冠婚葬祭で大金が必要な場合、うし銀行に行き預けたうしを呼ぶ。うしは市場で買われてきて銀行に放置されるまでの身近な期間しか主人を見ていないにもかかわらず、よばれればやってくるという。どこか間抜けな話しだ。さらに銀行は山の頂上部にあるため、外部からの侵入は非常に難しく、さらに預けていない人が山に登れば、その過程で誰かしか村人に会う可能性も高いため、村人曰く安全でしかも確実な銀行だと言う。私にはにわかに信じられなかった。が、実際に銀行(放牧地)も見たし、それを活用している人にもたくさん会った。つまり、共同放牧地を決め、そこに放牧しているのである。
しかし、いまだに疑問がのこる・・・。うしを銀行からおろすときである。呼べば来ると言うが、本当だろうか?私はアレジャン集落でもっとも仲の良かった青年サカルディンにその事を尋ねた。彼はこう言った。『呼べば来るのは本当だ。しかし来ないとしても、預けたうしが1頭ならば群れからどれでも良いので1頭連れてきてもいいんだ。』なるほど。では、確実に子をなして利子がつく点はどうなんだ?『確実に増えるかどうかは誰にもわからない。ただよんでやって来たうしに他のうしがついて来た場合、そのついて来たうしはそのうしの子供と考えるんだ。そう言ううしをGETできると幸運さ。』ということは、子供でもないうしが勝手について来た場合は自分のものになるのか?『そう。でも、牛のいるところはかなり環境的に厳しいから、野犬に襲われたり崖から落ちて死んでいるのもたくさん見かける。』では、銀行に預けた人が皆うしをおろしに行くと?『遅れた誰かはもらえない。』

(牛を追う青年。彼は牛を預けていないので、牛は逃げる)
厳しい環境の中、すこしでも資本を増やそうとする素朴な人々が考えた画期的なシステム、うし銀行。しかし、アレジャン集落の様な素朴な人たち以外にはこのシステムは運営できないであろう。
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