通訳をする。
インドネシアの農林高校の一団が今年もやってきた。
それにあわせて、通訳をする。

地元の農林高校とインドネシアのある農林高校とが
友好協定を結んでいるのだが、
その友好協定を結んで、実際にこれまで推し進めてきた
インドネシア側の校長が、今年6月定年退職することとなった。
地元の知事選への出馬の動きもあったのだが、
資金不足で断念したとのことだった。
「たけし城」建設の夢は断たれた、というわけだ。
(2007年9月3日の日記を参照されたい)
以上は余談。

さてその校長が定年退職されるということで、
この日の夕食会には、地元農林高校の歴代の校長も幾人かは出席された。
前回の日記にも書いたのだが、
長年続けてきた交流事業も、今、見直しの時期に来ている。
そこで、夕食会の場では、今後の交流事業をどう発展させていくか、の議論になった。

これまで日本側からは10数名の生徒と先生で、3年に1回の割合で
スタディーツアーと称して1週間程度インドネシアを訪問し、
インドネシア側からは、毎年2名の生徒を約3ヶ月間農林高校へ留学させている。
ただ、このように人の行き来があっても、
お互いに見えてくるものがすくないのではないだろうか、というのが
交流事業の見直しの動機だろう。

とりあえず夕食会の場で決まったことは
日本側のスタディーツアーの見直し、
参加者を生徒だけに限定せず、
OBや保護者も参加できるようにしよう、ということになった。
またツアーの中身も、観光地へ行くのではなく、
あちらの農林高校の生徒宅や近くの農家に宿泊して、
素のままの生活を体験しよう、ということで一致した。
またインドネシア側からは、
これまで送られた留学生のその後を調査し
留学の意義を報告書にまとめる作業をすることとなった。

どちらかといえば、交流事業を継続するためには
日本側のモティベーションの維持が必要なのだろう。
途上国と交流しても得るものは少ない、といった感覚を
言葉の端々に感じるのである。
異文化交流をやっていこうと言う場合、
優劣で物事を判断してしまえば、得るものは少ないだろう。

明日も終日通訳。
その中で、交流事業の話し合いも、もう少し進むだろう。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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