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来客あり。
地元の農林高校の校長先生。
その方、今年から農林高校に赴任され、校長先生になったのだが、
以前も農林高校で教員を務められていた。
思い出すのは2002年。
インドネシアの農林高校と交換留学制度の発足と
その一団を招聘して参加した全国高校文化祭。
僕は、文化庁事業の通訳として付き添い、
招聘の間に、交換留学制度をインドネシアの農林高校と地元の農林高校との間で
結ぶお手伝いをした。
その時の農林高校の担当者だった方が
今回、校長先生として再び農林高校に赴任されたのである。
そして今日、暇を見つけて、ご挨拶に来てくれたのだった。

交換留学が始まった2003年からは、
その方は、他の学校へと移ってしまった。
今回5年ぶりに戻られたのだが、
驚いたことがあった、と話す。
それは、交換留学制度自体が形骸化してしまっていて、
ただ単に続けるだけになってしまっている、ということ。
教員側に、交換留学制度を結んだ当時の情熱が受け継がれていない、とも。
ここ数年、僕も通訳として関わってきているが、
インドネシア人の留学生が学校に居ることによる、
日本人側のメリットが殆んど強調されない、もしくは認識されていないことを
問題だと感じていた。
受け入れ側は、面倒くさいのだが、インドネシアという途上国から人が来るから、可愛そうなので、仕方なくうけいれるか、という認識なのかもしれない。
自分たちが前で、相手方は後ろの存在。
そういう認識に立ってしまえば、相手から学ぶことは出来ない。

校長先生は、もっとお互いに利になるような制度にしたい、と抱負を述べられていた。
今年も5月12日よりインドネシアの留学生がくる。
僕も通訳として、そのお手伝いをする。

この制度自体が、今、岐路に立っているのかもしれない。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

俳句もしております。「雪解」「街」「いつき組」に所属しております。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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