もうちょっと良く考える。

今日は朝っぱらから、妻と農村開発談義。どうも妻も昨夜おなじようなことを考えていたようで、今朝はとても参考になった。それを踏まえて、昨日の続き。

技術・機械に対してアクセスがどうのこうのというのとは、少し話がずれるかもしれないが、価値についてほんの少しだけ考えてみる。

先日読んだ渡植は、ものには使用価値があり、その使用価値を高めようとして、生産者が価格に反映されないかもしれない手間を加えることを『技能』と呼んでいた。

技能について考える道筋として2つ。

1つ目は、技能と価格(技能に対する評価)。技能は、価格には反映されないときもある。どんなに苦心して作った野菜でも、市場の規格に合わなければ、破棄される場合もあるし、豊作貧乏という場合もある。

美味しくて安全な野菜作りのために有機農法や自然農法でやろうと考えていても、虫食い後のある野菜は市場では歓迎されない。理解のある消費者は、それでも買う、というかもしれない。しかし、その理解ある消費者に届くまでに、普通、市場や小売店、はたまたレストランなどを介さないといけない。その中間業者には、生産者のかけた技能は引き継がれない。

今はやりの産直という形もある。これだと農家と消費者がダイレクトにつながるので良いように感じる時もあるが、結局は技能を価格に換算されてしまうのは間逃れない。直接お会いして届ける分には、また違うのかもしれないが、すべて宅配便で届けるような場合、果たして技能はつながっていくのだろうか。

2つ目は、技能はいつどこでなにに発揮されているのか(技能の生まれる関係性)。昨日も書いたが、うちの農園では、すべてが商品作物じゃなくて、稼ぐ野菜と遊びの野菜がある。稼ぐ野菜の中でも、その利率はまちまちで、ベビーリーフのような野菜はばんばん稼ぐ野菜だが、ごんぼは手間ばかりかかって、実はそれほど儲からない。ではなぜそういうものを作るのか?儲かるか儲からないかで考えれば、ベビーリーフをばんばん作ったほうがいいに決まっている。市場が無いから?リスク回避?

それもあるかもしれないけど、それは必ずしも正解じゃない。作りたいから作っている。それに価値を見出しているから作っている。その価値は、少なくとも価格とは違う。この場合、ごんぼには技能がずいぶんとかけられているように思う。

でもだからといってベビーリーフには技能はかけられていないのか?というとそうでもない。ただそちらは儲かるためにという思いが割合として高いため、中卸などの中間業者からのクレームにはずいぶんと対応している。ごんぼは、注文があろうがなかろうが作っているし、クレームがあっても対応はどちらかというといい加減。というか、間違いない作物を作っている気でいるので、クレームには『食べればわかる』と自信満々に答えていたりもする。

手間をなぜ惜しまないのか。それは、例えばその野菜に対しての思い入れだろう。それが技能だと思っている。もちろんその野菜自身が価値を持っているわけではなく、その風土・付き合ってきた時間などの関係の中から生まれてくるので、ある場所ではベビーリーフとごんぼの価値は逆転していても何らおかしいことではない。主観的に感じる価値を大事にするから手間暇(技能)をかける。これが先日も書いたが、生の感覚だろう。自分の生活が自分の手中にあるような、生活世界を把握したような気持ちにさせてくれる。

しかし、時々この気持ちを踏みにじられる。それは価格。価格なんて関係ない!と言い切りたいけど、資本主義社会にどっぷりと浸かって生まれてきてしまった僕は、価格に大きく左右される生活をしている。大きな話では、WTOでの取り決めや、農薬散布にかかわるポジティブリスト、身近な話では中間業者(商人・レストラン)からの規格などに大きく左右される。その決め事や規格に合わせて、時には使いたくない技術(これは技能ではない)を駆使したりもする。そしてその分だけ、技能が減らされていく。見た目ばかりがきれいな野菜でも、農薬漬けだったり(それでも日本政府が決めた農薬使用には遵守している)。

技術を伸ばすのじゃなくて、この技能を伸ばすような農村開発はないものだろうか。各地で農村開発の成功例を聞くが、時々この技能を発揮されている例を目にする。技術じゃなくて技能が発展していく開発、そういう風になっていったらいいのに。
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『思い入れ=技能』と言うことには賛成。ある意味哲学やこだわりみたいなものだと思う。

村落開発と言う視点で地域なりを見ている限りは、技能より技術を先行させる事が必要なのでは?
技術がないと技能も確立出来ないと思います。

すこし微妙な議論になるのですが、技能なくして技術なし、と最近は考えています。ただその技能もただ個人的な思い入れや哲学だけではないと思います。なんの関係性から生まれてくるものなのか、そこが大事だと思います。

技術がまさに僕の手中にある、そういう感覚をうけるのは、ある関係の中で、技能が技術よりも勝っているからです。技術先行で技能がないものは、世の中にあふれすぎています(ただたんに効率よく大量生産されるものは沢山ありますよね)。それに対して批判的な目は必要じゃないでしょうか。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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