原 洋之介 著 『北の大地・南の列島の「農」』:地域分権化と農政改革.2007年.書籍工房早山.

市場原理主義の下、グローバル化を推し進める世界。そんな中で、「農」をどう捉えるべきなのかを探る原洋之介の農業経済原論3部作の第2部が本書である。

本書では、近代が生み出した市場原理主義が浸透していく中、各地域で多様な農はどう捉えるべきか、またそれに伴って農業行政はどうあるべきか、を探る。歴史しか未来を語らない、と著者がいうように、本書ではこれまでの農業近代化の道のりと農業行政の変遷から、地域の農業がどう変わってきたかを北海道と沖縄という辺境の地の農の歴史に目を向けることで、地域の生態系と社会構造に依存して成立してきた農業という特殊な生業のあり方が、果たして欧米で形作られた市場原理主義に適応できうるのであろうか、を検討している。

多様な農は、土地・水・人を生産でどう利用するかという農の技術と経済制度の違いに起因している。原はそれぞれの要素(要素市場)を、歴史的に検討している。
北海道では、内地からの移民で農業を成立させ、畑作中心の欧米農業(アメリカ→デンマーク)の模倣から始まった。外部からの資金的インセンティブ(政府・華族等の資本家)により、大規模農場が形成されたが、小作権の売買が常態化し、流動的な土地所有・利用が形付けられていった。その中で、北海道農業の特質として逸見謙三の指摘を紹介している。「本州府県から移ってきたときに、条件が余りに違うので、故郷の営農方式も技術も駄目になった。さらに、試験場も農家も、商品としては余り価値のない、農家の自給にのみ役に立つ作物の改善には、力を注がなかった。従って、北海道の農業経営は、本州の農家のように調和を保っていないのである。」(p69-70)。また20世紀の大きな市場価格変動の中(戦争等の影響)、畑作中心(商品作物を中心とする)とした中農は、一攫千金を狙う投機的行動が生まれ、農業経営を著しく不安定化させた、と指摘している。戦後、貿易自由化と同時に1960年代はじめに開始された基本法農政下で、北海道は大規模高生産性農業の確立が最大の目標とされ、それがもっとも進んだ地域となった。しかし、「北海道農業・農村の近代化へのドラマとは、離農の激発と残った農家の「ゴールなき規模拡大」追及であったことを軽視はできまい」(p108)と原は指摘する。「急速な規模拡大は、土地・施設・機械投資のための膨大な借金となって農家経営を圧迫し、経営の専門化・単一化は、とくに畑作農業の地力低下をもたらした。(中略)近代化農業とは、結局は金のかかる農業であるが、一方で火山灰土という生態系に負荷を強いる略奪農業でもあったようである」(p109)。

沖縄では、前近代的な土地制度(農地の中心であった「百姓地」などは古くはシマといわれた村の共有地だった)が廃止され、明治政府によって近代的土地制度が導入された。しかし、「固有の土地所有観から本土のような農家は成立せず、また家産としての農地という概念も発達しなかった。そして土地所有には強く制約されることなく、小作や一時預かり(シマカ:時期・時間を限って雇用される労働力。雇用される側は、借地にともなう対価つまり小作料としてのみでなく、金銭賃借にともなう元金・利子の支払いの代わりとしてウェーキ(地主)の元で働いた)という形態で経営規模を労働力の数に応じて柔軟に増減させる、旧くからの土地利用のかたちがほぼそのまま持続した」(p89:カッコ内補足は引用者によるもの)。戦前期の沖縄では、地代と地価の水準が極めて低いため、小作と自作の区分がさしたる意味をもたなかった。「階層別での農業収支の差は、ほぼすべて「農産加工」つまり黒糖からの収入の差であり、農業生産そのものにおいては経営規模による生産性格差はほぼなかった。つまり、所有規模の差が農業のあり方を決めていたのではないので、所有規模の差が、残って農業をするか他出していくかを決めていたのでもなかったといえよう。端的にいって、個別経営は当初から自立あるいは成立しておらず、商品経済の荒波のなかでは、生産物を商品化するのではなく、労働力を直接商品化させるという容易な方向に流れた。沖縄農村の商品経済への参加は、一部上層における商品の生産をとおしておこなわれる一方で、圧倒的多数の農民にとってはまずは自らの労働力を商品化するかたちで進行した」(p79)。戦後アメリカ占領下の沖縄では、経済自由化(資本取引の自由化、貿易・為替の自由化、ドル本位制)が実践されていた。沖縄の分蜜糖が、関税なしに本土へ輸出できるようになり、国内甘味資源の自給力強化対策によって、消費税が廃止され代わりに輸入関税が賦課され、沖縄産糖に対する保護も厚くなった。これらの刺激を受け、1950年代末から、沖縄農業は、自給的な食料農産物を中心とした戦前型構造から、「サトウキビへの単一化の道」を急速に歩み始めた。しかし国際価格の変動に影響を受け、生産量は85年をピークに停滞から減少へと向かっている。また沖縄におけるサトウキビ栽培は、南北大東島を例外として、機械を梃子にした規模拡大など事実上不可能である(栽培面積にまとまりがなく、圃場も小さいため)。また沖縄では、本土と違い、ムラ・イエが欠如している。百姓にとっては耕地は一定期間ごとに割替えられ私有化できなかったため、家産を継承していくイエ成立の客観的条件は無かった。また灌漑用水の維持管理もほとんど必要なかったことから、ムラという社会的結合協力関係も強固な仕組みとしては生まれなかった。「こういう歴史的経路が現在もなお沖縄農村・農業のありようを基本的には規定しているのである」(p135)と原は指摘している。

「規模拡大路線の優等生とまでいわれた北海道では、農家の機械投資や土地改良投資ゆえの膨大な農家負債の蓄積が危機を深化させたのに比べて、規模拡大がすすまなかった沖縄では、突然おこる危機としてではなく、趨勢として農業が縮小してきたといってもよい」(p130)。近代化路線を進めてきた日本農政の中でも、それぞれの地域が持つ要素市場の構造的差異から、北海道・沖縄の農の現在を原は見事に描いている。

世界経済のグローバル化がますます進んでいく今世紀。その中で、日本のWTO戦略、東アジア経済連携・経済共同体構想のなかで貿易の自由化だけにとどまらない日本のEPA、そして戦後最大の農政改革とよばれている「品目横断的経営安定対策」「米政策改革」「農地・水・環境向上対策」、さらには地方分権化。これらの政策が相互に長期的整合性を持ちつつも、「日本」という国民国家の枠組みのみで考えるのではなく、ひとつの個性あるまとまりとしての地域から、農業の具体的なかたちの模索を、原は北海道と沖縄の事例から訴えている。「グローバル化や東アジアという範囲での広域市場経済圏の成立という流れのなかで、国民国家対国民国家という近代の国際関係が消え去ることはないが、その相互作用に加えて、地域やローカルコミュニティといった単位の間での競争と協力との関係が主流となっていくであろう。東アジア経済連携から経済共同体という進路は、このような地域間ネットワークの構築を軸とする方向を明示的に組み込んだ制度構築なしには不可能であろう。地域によって多様な問題を抱えている日本農業の再生は、地域農政の個性や「農業の地域性」を認めあった形態での国境を越えた地域間ネットワーク構築を連携させないかぎり、ほぼ不可能であろう」(p212-213:傍線は引用者によるもの)。

原の言う「メゾ・エコノミクス」をしっかりと確立することこそ、今地域農業の再生の中で求められていることであろう。

補足:引用はしなかったが、今後の考察のたねになる箇所
兼業農家を大量にふくむ小農制と担い手への構造改革における土地制度(p189-191)
資本主義のグローバル化とは金融の自由化であるという構造の説明。自由化と国民経済の不調和。(p204-206)。
国の農政と地域農業、WTOとの関係(p195-199)。
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初めまして、たやさん。
現在、野菜のソムリエ・食育インストラクター・消費生活アドバイザーとして、おもに、子どもや乳幼児を持つ親子対象の食育講座の講師をしています。以前、生産者と消費者のお互いが直接的に接する関係づくりが大切なのだと言われてましたが、私、それを常に実感してます。・農薬は嫌い ・でも虫食いも嫌い ・中に虫がいた野菜は返品 それが当たり前に通る今、消費者の意向を無視した農業は成り立たないというけれど、やはりきちんと学んでもらわないと先に進めない。一緒に交流出来る機会がこれから先、持てたら良いですね。
 また、コメントします。

たまさん、はじめまして!

コメントありがとうございます。
食育講座の講師をつとめていらっしゃるとのこと、大変興味深いです。
消費者の意向を無視した農業は論外ですが、報道に振り回され、農が何たるかについて目を向けようとしない消費者の意向に従ってばかりの諸制度には、少々うんざりしているところです。もうすこし健全な交流と相互学習の機会があれば、と考えていますので、何かありましたら、教えてください。
今後ともブログにお付き合いいただけると幸いです。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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