せっかく沖縄まで行ったのだ。
学会に参加するだけじゃ、もったいない。
そこで、知り合いの生改(妻の知り合い)さんに頼んで
沖縄の農家を訪ねることにした。

訪ねた農家は2軒。
どちらもその地域を代表するような農家。
生改さんが紹介してくれただけあって、
どちらも元気な女性農家だった。
ただその2軒の農家。
とても対照的なのだ。
それぞれの地域で篤農が生まれる条件というか要素が、
それぞれの農家の話の中には盛り沢山だった。
それを忘れないうちに記録しよう。

1軒目は、SファームのKさん。
12m間口のH鋼ハウスをそのまま直売所にして、
生産から加工、そして販売、さらには体験学習までを一手に行っている農家である。
ハウス面積は4000坪。
規模でいえば、うちの農園よりも大きい。

昔から農家をしていたのだが、
沖縄の本土復帰前に、舅が大量に土地を買い込み(約1000坪)、
そこで野菜を作り始めたのが、今のSファームの基礎になっている。
その頃、その地域での農業は、ほとんどがサトウキビ生産だけであった。
サトウキビは、栽培期間が長く、2年間かけてようやく収穫ができるそうだ。
ただし、粗放栽培で良く、労働力をかけず栽培できる。
さらには、近くにあるサトウキビ工場で、生産されるサトウキビを
すべて買い取ってくれるため、市場を探す必要とリスクが無かった。
そのため、その地域の農家は、安値安定であっても
経営的にも安定でき、楽に生産を続けることが出来るサトウキビ生産を続けていた。

そんな中、Kさんは違っていた。
決まった市場が確立されていないというリスクがある中、
野菜栽培に取り組み始めた。
初めは、近所の小さな卸売市場に出荷していた。
売り上げは1日に3ドル。(復帰前はドルが通貨)
ただし、夫のその当時の給料は、月20ドル。
Kさんは
「1日3ドルだってね、10日も行けば、ほら、夫の給料よりも上になっちゃうのね」
と沖縄訛りで話してくれた。
これが全てではないだろうが、少なくともこれらの販売の経験が他の農家とKさんとを大きく分ける経験の一つではなかっただろうか。

Kさんの挑戦はまだまだ続く。
次は近所の女性2人と共に始めたラン栽培である。
サトウキビの10倍の収益を上げることが出来るラン栽培を手がける。
補助事業でハウスを建てる事にしたのだが、
そのために開かなければいけない農協口座も
女性グループ名で口座を開くのも大変だった。
それほど女性だけで活動をするのは大変な時代だった。
Kさんは、その時の大変さに懲りて、以後、補助事業をとることは無かった。

訪問した12m間口で約40mのH鋼ハウスの直売所は、自己資金で建てたという。
商売している人にとっては、あるいは当たり前の話かもしれないが、
農家の場合、全くの自己資金のみで、その規模のハウスを建てた人は、
相対的に少ないだろう。
しかも沖縄は補助事業王国なのだ。
事業主1割負担で行政が9割負担なんていう負担率がまかり通る所での話。
Kさんはよほど負けん気の強い人なのだろう。

直売所では、地元の野菜だけを販売しているという。
実際に、僕が見てもわからない野菜ばかりだった。
(米もあったが、それが福島産だったのは、ご愛嬌だろう)。
直売所を始めた当初は、1日の売り上げが10万円ほどだったとか。
野菜を持ってくる農家も、一番多かった時期で、100軒近かったという。
ただ1km四方に、公設の直売所が相次いで開店したことにより、
現在では、1日の売り上げが4~5万円程度にまで落ち込んでいる。
今後の農業の展開の鍵について聞くと、
「グリーンツーリズムね。それと体験学習ね。これからの農業にはこの要素が入ってないといけないんさ」と沖縄訛りで答えてくれた。
直売所運営は、売れても売れてなくても人手がかかる。
しかし、体験学習は事前に予約があるので、それに向けて人手の確保と農作業の段取りがつけられる。
さらに体験学習は、訪ねてきてくれた人達が、
そのままお客さんとなって、野菜等を買い込んでくれるという魅力があるという。

女性ということで、お歳を聞くのははばかれたのだが
60歳は超えたように見えるのに、次を見据える力は少しも衰えていない。
素晴らしい経営感覚を持った農家だった。

聞かせてもらったライフヒストリーを分析するに、
流通や市場が確定されたサトウキビの粗放農業から、
野菜の集約的農業への転換が、大きな契機になっているのだろう。
集約的農業は舅が始めた、と話してくれたが、その経験から
するどい経営感覚を磨いていったことは、お話から見て取れた。
さらには、補助事業との決別の経験も見逃せない。
だからといって、成功の秘訣は、既存の市場や組合からの脱却でもないし、
補助事業に頼らない、ということでもない。
それらの経験から、Kさんは何を学んだのか、何に気がついたのか、
そこに目を向けてみると、自ずと答えが見えてくる気がする。

つづく
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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