1通の手紙が届く。
農林高校の留学生が、帰国間際に持ってきてくれた。
帰国の準備をしていたら、かばんの底から見つかったようで、
慌てて、届けてくれた。
いろいろなことがありすぎて、手紙を託されたことを忘れていたとの事。
そして、それの手紙は、昨年、留学生として来ていた子からのものだった。

「日本の留学を終え、インドネシアに帰国すると、あまりにも違いすぎて、驚きました」
そんな言葉から、その手紙は綴られていた。
「インドネシア人は、公共の物を大事にできません。でも日本は違っていた。どうして日本人は、公共の物を大事に出来るのですか?それはモラルの問題なのですか?どうすれば、インドネシア人に、日本人のようなモラルを教えることが出来るのでしょうか?」
久しぶりに届いた手紙には、そんなことが書かれていた。

いきなりそんな難しい問題を僕に投げつけられても、何と答えていいものやら。

ただ言える事は、僕もインドネシアから日本に戻ったときに、
同様のことを思ったことがある。
「なぜ日本人は、インドネシアのような人の温かさを失ってしまったのだろうか」と。
「日本社会全体が、もう少し『いい加減』に出来ていたら、どんなに楽だろうか」と。

自分が帰属している社会は、それ自体が空気のようなもので、
普段の生活では、その空気自体に意識がなかなかいかない。
社会比較をしたとしても、それらは常に紋切り型のように、欧米社会との比較ばかり。
(そんなことを明治維新から続けてきて、こんな社会になったという自覚なしにだ。)
そんなこんなで、やはり『空気』は感じられない。

3ヶ月という短い時間だったが、昨年の留学生も大事な経験をしたようだ。
普段は、そこに埋没していて、意識が行かない社会の根本に少しでも目が行くようになったようである。
ただ、その根本にある文化に優劣は無い。
(ただ文化という文字で片付けるのは、好きじゃないが)。
どちらかが高くて、どちらかが低いわけじゃない。
そこを読み違えると、不幸だ。
それだけは返信しようと思う。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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