村上 陽一郎 著 『安全と安心の科学』.2005年.集英社.

前回読んだ本に続き、今回も安全安心を考えるための読書。
青年農業交換大会で発表するに当たり、「安全」と「安心」とは何かを考えるために手に取る。

本書は、科学史・科学哲学の学者の手によって書かれたものであるが、平易な文章で解りやすく科学にまつわる安全と安心の関係を説明している(散髪の合間に読み終えた本)。
本書では、交通事故や医療、原子力の事故などを検証しながら、科学の安全設計について考察を入れている。著者は「人間は間違える」を前提に、システムを組む必要性を訴えている。それは、間違えを犯さないようにするのではなく、間違えても重大なミスにつながらないようにすることである。また人間同様、機械も必ず壊れるという立場から、人がミスをし、機械がたとえ壊れたとしても、それらが重なるスイスチーズモデル(ランダムに開いているチーズの穴が、重なり合っても貫通してしまうこと)のような最悪の事態にならない工夫が必要であると説く。

筆者がもっとも強調したいことは、「如何なる領域といえども、ものごとがルーティン化し、安全に推移するのが当然と思われ始めた瞬間に、安全は崩壊する」(p120)ということであろう。「システムのなかで、「安全」は絶対的な価値として追求されなければならないが、それで「安心」が保証されることは避けなければならない、という点です。ある組織で、従業員の間に「安心」が広がるときが、最も「危険」だとさえ言える、と私は考えています。安全が達成され、安心が充足されたときに、安全は崩壊し始める。この問題は構造的なものです。」(p167-168)。ここで述べられている「安全」と「安心」の関係は、山岸俊男著の「安心社会から信頼社会へ」(中公新書)の中で、説明されている人々が社会に対して感じる「安心」と同一のものであろう(山岸の方がより詳しくその心理のメカニズムを解明している)。安全を追求すればするほど、安全に対するインセンティブは失われていく。安全に欠けたコストが、まるで水か空気のような「当たり前」に感じられたときに、安全は崩壊する。安全に対するインセンティブを、その現場担当者が自ら常にかき立てることが必要なのであるが、それは難しいことでもある。前回読んだ「リスクのものさし」の中で、人の認知モデル(二重過程モデル)があったが、人の認知が周辺的ルート処理をとり続けた場合(山岸のいう「安心社会」)、安全へのインセンティブも低下することになるだろう。現場でのインセンティブの高低は、ある意味、社会からのまなざしの強弱とそれに対する現場での認知でもあるのかもしれない。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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