桐谷 圭治 著 『「ただの虫」を無視しない農業』:生物多様性管理.2004年.築地書館.

本書では、どの虫にどういう防除をすべきか、といった詳細な情報は多少あるが、それほど多くは無い。本書の射程は、病害虫防除の理念の変遷と、これから求められる防除とはどうあるべきなのか、といった方向性を示すことにある。

農薬が発明されるまでの農業は、『守る防除』であった。それが農薬の登場で『攻めの防除』へと変わっていく。戦後まもなくの頃は、消毒防除の時代で、畑に作物以外の生命の存在を徹底して消すことが目的だった。しかし『消毒思想』は、環境破壊と害虫の抵抗性を高めさせ、さらには害虫の誘導異常発生(リサージェンス)を引き起こさせた。また本来害虫でなかった準害虫が、新たな害虫として猛威をふるう結果となった。その反省として広く受け入れられたのが、IPM(Integrated Pest Management:総合的有害生物管理)の考え方である。IPMとは、本書が引用している定義で言えば、『収量の維持または増加を図るため、環境や社会へのリスクを最小にして、なおかつ農家の利益にもなる防除手段の合理的な組み合わせシステム』(p29)である。しかし桐谷は、IPM(総合的有害生物管理)の思想を一歩踏み込んで批判する。『管理の思想は、水田とその周辺部も含めて管理の対象とし、経済的で被害許容水準(EIL)、要防除密度、費用対効果費などの経済的概念がその主軸を占めている。したがって害虫がIPMの過程で絶滅しても、害虫であるがために問題にしない。IPMでは「ただの虫」を含む生物への影響は最小限に抑えようと努力する。しかし、しばしば生産を最終目的とする農生態系では自然保護、生物多様性保全と対立する』(p35)。その上で桐谷は、IBM(Integrated Biodiversity Management:総合的生物多様性管理)を提唱する。

IBMは、防除と保護・保全を対立ではなく、両立させるために提案された理論である。IPMでは各種の害虫の密度を経済的被害許容水準以下に維持管理するのに対し、保護・保全では対象種(害虫も含む)の密度を絶滅限界密度以上に引き上げる努力が要求される。病害虫の被害をある程度受け入れながらも、それらの種が絶滅限界密度を割らないようにするのがIBMの考え方である。桐谷は、病害虫・雑草を防除する「生き物を殺す技術」と保護・保全といった「生き物を育てる機能」の両立を目指すものである、と主張する。

本書は、IBMを目標としている割には、実際IBMに関する記述は少なく、事例もあまり取り上げられていない。本書の大部分が、IBMにたどり着くまでの各農法に対する考察で占められている。また著者の立ち位置にも疑問を感じる。本書の冒頭は、世界の膨張する人口と食糧確保問題から入っており、『食糧の安全保障』という言葉を持ち出し、それを確保することを暗黙の前提として論を展開している。しかし、農法的な問題の捉え方で、食糧の安全保障が確保できるとは到底思えない。本書の射程ではないのだろうが、現人口において食糧は過剰に生産されているにもかかわらず、食をめぐる農業の構造的な問題により、その安全保障が達成できてはいないのが現状である。著者は『食糧の安全保障』から、有機農業を批判するが、食糧の安全保障の問題は構造的な問題であるにもかかわらず、方便的に農法的な問題にすりかえられているのには、少々困惑する。IBMの理念には諸手をあげて賛同するし、今後自分の農業環境に大いに取り入れて行きたいが、農法(農業技術)先行の思想に対しては、少し距離をおいて考えたい。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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