岩本 通弥 編 『ふるさと資源化と民俗学』.2007年.吉川弘文館.

『ふるさと』は今、必要以上に美化されて、その役割が固定化されつつある。本書は、棚田や合掌造り、はたまた民俗芸能などが外部から一面的な賛美を受け、観光化されつつある現状に、人類学・民俗学の視点から考察をいれた論考集である。

まず本書では、地方の民俗がこれまでどう扱われてきたのか、その変遷と意味の転換を読者に明示する。明治後、日本は近代国家の成立を目指し、地方の『封建遺制』『因習』はその足を引っ張る要因とみなされ、地方の『文化』は否定され、駆逐され、あるいは矯正された。国家が近代化を推し進める中で、矯正された中央にとって望ましい地方を目指して、『文化的地ならし』が進められていったのである。しかし、1980年代以降から(70年代以降?)『文化』の価値転換がおこる。ものの豊かさから心の豊かさへ、といった価値転換において、精神的豊かさを求めるベクトルと地方の民俗が『伝統文化』として繋がり、地方は豊かな『文化』を残しており、それを次世代に継承し保持しなければならない、へと変わっていったのである。

こうした流れの中、『文化』は格付けされ、○○100選に始まり、有形・無形文化財としての指定、はてには世界遺産登録にまでつながっていく。一見すると何も問題がないようにも思われる潮流なのであるが、その中では、『そうした地方文化が、その地方のみのリソースとしてその地方のひとびに所有され、いかようにも加工・改変・利活用(場合によっては廃棄)されうるものでは「なかった」という点』を注意しなければならない。地方の文化は「国民の共有財」としてナショナライズされてしまっており、それを継承し保存していくという役割が義務として地方のひとびとに与えられたのである。そしてそれらの文化は、生活としてその地域の人々のための存在から、商品として消費されつづける存在にへとかえられていってしまうのである。

グリーン・ツーリズム政策と地方の関係を説いた青木の論考では、地方文化の固定化を端的に指摘している。『観光資源を商品として売り出すときに、資源そのものとイメージの固定化が図られる。なぜなら、パッケージと中身が違ってしまっては、商品として成り立たないからである。そしてその戦略が成功したときに限って、観光の資源とイメージは地域内においてさまざまな対立や葛藤を引き起こしながらも、表面的に固定化され続ける。(中略)商品として売れているがゆえに維持されているのである』(p69)。(地方)文化は一見すると伝統的で固定的に見えるものでも、幾十にも重なり合った歴史的変遷を経て、現在に至り、また現在でも常に変化しつつあるものである。それを商品として消費するものと捉えることにより、(地方)文化は固定化され、それを作り上げていく人々から乖離していく。

また同様に、「文化的景観」としての棚田や世界遺産に登録された合掌造りのケーススタディでは、外部者との「美しさ」や「自然」や「伝統」に対する認識のズレからくる地域の人々の戸惑いをみることができる。外部からの無批判・無前提に肯定された「美しさ」や「伝統」は、その地域に住む人々のよりよい生活に向けた変化に対して、その主導権を奪い、押し付けられた文化認識の担い手として重荷を背負わされる結果にもなる。

棚田のケースでは、美しいと評される棚田を前にして、ある老婆が『棚田を眺める余裕なんか全然無かったよ』と語る。また合掌造りのケースでは、「守る会」会長が「荻町地区はもう世界遺産を守らなければならないように決まっている」と発言したところ、ある人が「みんなが幸せに生きていけるなら、『合掌造り』なんてなくなってもええと思っているんや。観光客もこんでもええ」と反論している。これらの発言が、外部との認識のズレや固定化されることに対しての苛立ちを端的にあらわしているといえるだろう。

では、地域の人々は一方的に中央のヘゲモニーに押さえつけられてしまうのであろうか。竹富島の種子取祭をあつかった森田の論考では、文化財指定を受け入れることで、そのまま国家のシステムを、支配的価値感を受け入れることにはならないと指摘している。竹富島の人々の実践では、外部の権威を利用しながらもそれらに完全に巻き込まれず、自らの価値基準を自分達の側に保持し続けている。『自分たちの保持してきたものを「文化」や文化財として肯定的に語ることは、共同体を維持する上で使用する「道具的な論理」であり、状況に応じて、マクロな構造の中に自己を位置づける作業、つまり近代的価値、国家の主導する価値観への接合だと考えられる。しかし、彼ら・彼女らは外部の価値を絶対視せずに、否定したり、ときに切断し、周辺化したまま使いこなすような実践を行ってきた。(中略)彼ら・彼女らの「生活の場」を起点とした「やり方」には、近代(国家)と伝統(地域社会)の二分法ではなく、ゆるやかにその境を自分たちの場所として保持し、意識的戦略として、ときには無意識に複数の方法を乗り越えていく姿勢がある』(p154)。

それでは、どのようにして一部の地域の民俗が「地域文化」へと構築されていくのであろうか。それは岡田の論考が考えの種を与えてくれる。岡田は、日本の地方地域社会の今日的状況を対象化するさいに、ポストモダンとして近代(モダン)との断絶を強調するのではなく、その連続性に着目するべきだと述べている。『民俗から「文化」へ移行は、(中略)民俗をその地方の内部、外部が対象化し、客体化したときに「地方文化」へと転換する。この変化は地域内部からだけでなく、外部のシステム(政治・経済)との関係によって促される』(p276)。また行政制度による文化政策との接合においては、ただ単に助成金の問題として取り上げるのではなく、『急激な社会変動、頻繁な社会外部との交流(国家の介入)といった社会背景にもかかわらず、地域社会が耐久的な絆として存続するメカニズムとして文化およびその具体的な可視装置として「文化遺産」が働く』(p273)と指摘する。

本書のこれらの指摘や批判は、決して文化政策だけに特化することではない。中央と地方の関係や、外部者とそこを生活の場として生きている人々との間に、どのようなズレが生じているのか、それを我々に自覚させてくれる本。
「美しい日本」という喜劇じみていてそれでいて危険な言葉を連発する首相とそれに追従する国家がある昨今、内と外の境界の中で、我々がどのようなまなざしを持って、それぞれの地域を見ていくことが重要なのかを示してくれる良書。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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