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今年2月に来たフィルマン。
3月の働き始めに
社内の健康診断を行うと
医者から
「肺に影があり、腫瘍の可能性もあるので精密検査をするように」
と指示された。
まさか。
彼はまだ二十歳になったばかりなのに?
入国前のインドネシアの検診では
もちろん肺のレントゲンも撮っているけど
問題なしって言ってたけど・・・。

とにかく
急いで精密検査をすると
結核ということが分かった。
それからが大変だった。
即、隔離病棟に入院ということで
フィルマンは強制的に入院させられた。
入院時には、行政から何人もの大人が病室にやって来て、
人道的ではない収容でもあるので
さまざまな法的な措置によるものだという
膨大な書類をインドネシア語で説明し
それに弱冠二十歳の
しかも異国に来たばかりで
言葉も解らない若者にサインを機械的にとる
やりかたにかなりの違和を感じながらも
結核が伝染病で
怖い病気だという想いが先行していた。

隔離病棟に入るには、
ナースステーションに連絡を入れてから
二重の扉をくぐり、
かなり気密性の高い専門のマスクをしなければ
入れない。
その儀式めいた入り方も
僕とフィルマンをますます不安にさせていた。

それから結核の勉強もし
確かに怖い病気だが
必要以上に恐れなくても良いことも分かった。
患者の唾液の中にある結核菌が
他の人の肺に入っても、
すぐに発病する人は全体の1割程度。
潜伏期間を数年~数十年おいてから発病する人が2割。
7割の人は肺に結核菌の休眠状態を抱えながら
最後まで発病しないというのも解った。

フィルマンに聞くと
2年前高校の親友が結核にかかったらしい。
担当医がいうには
たぶんその時に保持したのだという。
フィルマンの結核進行状況は
さいわい初期の初期で
排菌といって彼が菌をばらまく強さも
ほとんど強くなかったようだ。

社内の一斉結核診断では
2年生のダニだけが陽性で
他は皆陰性。
ダニもまだ経過観察状況で
確率的にはインドネシアでかつて結核菌を
保持して休眠状況にあるのではないかという
感じである。
詳しくは7月にまた社内の結核健診があり
その時にダニはまた違う検査を行う予定。

フィルマンは排菌状態では無くなるまで
強制入院ということだった。
期間は、まったくわからないとのことで
長い人で1年以上ということもあるらしい。
しかし病気の発見が早かったこともあり
なんと最短の2週間で退院することができた。
ただこの2週間はすごく長かった。
やはり異国で日本語もほとんどできないまま
何もないまっしろな隔離病棟に
強制的に収容されるのだ。
しかも二十歳。
1週間後には、もう涙ながらに
「いつ出られますか?」と
なんども尋ねる彼がせつなかった。
この子は耐えられないかもなぁ、と
思っていただけに、早期退院は本当に有難かった。

こういうことを書くと
やはり外国からの受け入れは危ない、
外国人は病気を持ってくる、
なんて言う人もいるだろう。
世の中もそういう評価をくだしやすい
雰囲気もあるしね。

でもね、
専門医の先生曰く
「今でも台湾やヨーロッパなどに留学するときは、日本人だっていうと場合によっては結核検査の提出を求められるんですよ」
とのことだった。
日本でもかつては結核が蔓延し
今でも高齢世代だけでなく
若い人も結核にかかる人は少なくないらしい。
事実
フィルマンの入っていた病棟にも
20代の人(日本人)も何人かいた。
先進国の中では
最悪の結核発症率で
今でも日本は結核後進国なのである。

外国人が病気を持ってくるというのであれば
ホワイトカラーワーカーだけでなく
ブルーカラーワーカーの
移民の多いアメリカはさぞひどい現状だろう。
と思うかもしれないが
なんと結核発症では世界でもっとも低い国なのである。
外国人だから、という人は
まったくの偏見と差別と無学とおバカの証明でしかない。

どんな病気か分かったとしても
やはり結核は怖い。
3年生のデデの彼女の母は、
結核で亡くなったらしいし。
フィルマンは
「インドネシアの田舎に暮らしていたら、僕はちょっと咳が出るなぁ、と思って風邪薬飲んで休むくらいだったと思います。ちかくに大きい病院もないし、病院に行く習慣もないし。たぶんだから結核で死んでたと思います」
という。
僕もそう思う。
君がここに来て
生きながらえたのは
きっと何か神様から
役割を与えられたからだと思う。
だから僕も君も
真摯に生きることについて考えようじゃないか。
貰った生命を
この社会のために使おうじゃないか。
なぁ、フィルマンよ。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

俳句もしております。「雪解」「街」「いつき組」に所属しております。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

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