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雪害で農園が大変になっている。
普段通りの営農が続くかどうかの瀬戸際で
経営者としてはそちらに集中しないといけない。
普通なら。
でも、農園たやは、いわゆる「普通」の農園とは違う。
もともとが
インドネシアの地域開発に参加する
その手段としての農業という出発点を持っているので
自分たちの営農はもちろん
続けられるよう様々な手を打ち続けていくが
それに忙殺されて
インドネシアとの係わりを疎遠にするという
選択肢は、僕らには無い。
僕らの営農が順調で進む限り
インドネシアと日本のある局部にはなるが
それぞれの地域と農村は発展する。
そんな仕組みを作ってきたので
僕らはその歩みを
雪なんかで止めてはいけない。

ということで
僕は当初の年間計画の通り
仕事日としては三日間という
あいかわらず短期だが、
インドネシアに渡航した。

今回のインドネシア渡航の
主なミッションは以下の通りだ。

①タンジュンサリ農業高校と福井農林高校の交流活動の促進
②スタッフ立崎の活動の打ち合わせ
③実習卒業生グループの話し合い
④実習卒業生の営農相談

短い時間だったが
これらのミッションすべてで
思った以上の成果をあげられた。
出発前に豪雪の対応で
ほとんど準備らしい準備が出来ないなか、
卒業生グループの長であるタタンと
スタッフ立崎とが
それぞれに準備を進めておいてくれたおかげで
スムーズかつ有意義な議論ができた。
改めて両者に感謝したい。
そして、やはり現地に
調整してくれる人材がいることが
こういう活動の大きな支えになることを実感した。
豪雪の害で
農園の被害はとても抱えきれないほどではあるが
農園の存在意義は
インドネシアと日本の農村、両方の発展を
その交流から見出すことにあるので
これからも今の人材を雇用し続けられるよう
僕も全力を尽くそうと思う。というのは余談。

さて、まずは①。
タンジュンサリ農業高校(以下タ農)と
福井農林高校(以下福農)の交流事業。
実はここ数年、停滞気味だった。
インドネシアから日本には2年に1回のペースで
来日していたのだが、
ここ数年は、来る来ると言いながらも
実現していなかった。
しかも、数年前に友好提携の締結書も期限が切れてしまっていた。
この事態に、事前に福農側と僕とで話し合いを行い
できればどちらかが訪問して話し合いができればいいのだが
時間も予算もなかなか厳しい中で
せめてお互いが顔を合わせて話し合いができるよう
インターネットを使ったテレビ電話で会談をすることになった。

今回のインドネシア訪問は
僕の年間活動の一つでもあるので
このタイミングでテレビ電話を調整。
立崎がこの調整をしてくれたため
かなりスムーズに時間や機材の準備できていた。
ただ、やはりそこは海外とのやり取りのむずかしさか、
当日、日本との通信がなかなかうまくつながらない。
余裕をもって1時間前から準備したが
結局会談時間直前まで両国の機材の不具合で
上手くつながらないままだった。
試行錯誤の末、僕の持っていたipadで無事通信が可能に。
両校の機材でつながるよう、今後調整をする課題が残ったことは余談。

さて、会談はタ農校長と福農教頭によって行われた。
相互訪問を継続することを確認し、
今年の12月に福農側が学生を連れて
タ農を訪問することを約束した。
これでスタッフ立崎は今後
福農の団体を受け入れるための活動が一つ増えることになるだろう。
それに付帯して日本語教育や日本文化交流などの
活動もたぶん増えていくだろうな。
で、タ農側は
2019年に福農を訪問することを約束した。
後述もするが、予算的措置が厳しい中、
その約束が実行されるかどうかは不明。
期限切れとなっていた友好提携は
今年の12月に福農がタ農を訪問した時に
式典を行い、継続更新することでお互いが了解した。
また、相互訪問以外にインターネットを使って
両校の学生レベルの交流を促進する活動をしようと
取り決められた。
立崎の活動がどんどんかってに増えていく、そんな会談でもあった。
でもこれらの活動はかなり楽しい活動になるだろうから
増える分には歓迎だろうけどね。

約45分の会談はなごやかに進んだ。
やはりお互い顔をみて話すのは大事だ。
メールや電話でも良いのだけど
Face to Faceの力ってあるな、と実感。
厳しい感じの教頭先生の笑顔がやたらと素敵だったし、
やや弱気の発言が多かったタ農の校長先生の
対外的な強気の発言が、可愛らしかった。
こういう場を通訳と言う形で
参加できたことが嬉しかった。
交流の場がずいぶんと極小化していっていた中だったので
その場に温かな光がさしたような
そんな会談だった。

さて、
会談の前後にタ農の校長先生やその関係者と
これまで日本訪問が延期になっていた経緯についても話し合った。
数年前までは、タ農の来日に
予算的な問題は全くなかった。
それがここ数年は常に
決まり文句が「予算が無い」に。
これまでもインタビューして問題は解っていたが
もう一度それについてここでも整理しておきたい。
数年前までは、タ農は西ジャワ州の拠点農業高校という指定を受けており
西ジャワ州農業局直轄の高校だった。
そのような待遇を受けていたのは4校のみ。
この好待遇で日本行きの予算を優先してもらっていた。
しかし、ジョコウィが大統領になり(個人的にはこの大統領は大好き)
高校の規定がやや変更になり
すべての職業科高校はその関係省庁の管轄から、
直接県の教育局へ変更になった。
職業科高校は普通科高校と同列に
しかも専門性もなく、
それぞれの教育局一括で指導される立場になった。
それ以来、何百という高校と同じように
県の教育局を通じて
州の教育委員会へ日本との交流の予算の申請を出し続け
そして他の何百という高校と同列に均された
微々たる予算を受け取るだけに陥っている。
政治的な行動が必要な場面だろうと
僕のような素人でも思うのだが、
教育者の鏡のような今の校長には
正攻法以外の方法をよしとしない。
じつは、今回の訪問で
ごりごりの前の校長も突然ごりごりとやって来て
非公式に議論をしたのだが、
その前校長曰く
「私だったら、この学校出身の県議員2名と州議員4名に動いてもらって、前々州知事(タ農出身)の息のかかった官僚(派閥があるような感じ?)にも動いてもらって、成果をマスコミに流して、予算措置をせざるを得ないように外堀を埋めるがね」と
ごりごりと答えていた。
やりすぎだと批判を受けていた前校長だが
今のように正攻法でだめなら
ごりごりもありだろうな、と僕は思う。

ただ現校長は人間的に信頼がおけるので
その意味では、前の校長のように
僕がはらはらする場面はほとんどない。

ちなみに
インドネシアの農業高校の現状を言えば(西ジャワに限るが)
やはり農業系職業科高校の人気はあまりなく
ほとんどが定員割れの状況だ。
だが、タ農は日本人が常駐していたり
農園たやへの研修のつながりがあったり
福農とのこうりゅうじぎょうがあったりと
そういうこともあって、
300名の定員に500名以上が集まる異常事態になっているのだとか。
校舎が足りなくて
毎年毎年増設をし続けている
農業高校では稀有な存在になっている。
と現校長は自慢してやまない。
だったら、なぜ、日本行きの予算が取れない!
そこまで対外的評価が高いのなら
なぜ、それが予算措置に反映されないのだ?
まだまだ謎が潜むが
そこはうちから派遣した立崎の
状況報告によって今後推理していきたい。
腹の底を見せないという意味では
現校長も立派な政治家とはいえるが
だったら、ごりごりやって予算とってほしい。
というのも、余談か。

つづく

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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

俳句もしております。「雪解」「街」「いつき組」に所属しております。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
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