デデユスフという男がやって来た。
2008年から受け入れを行ってきた
インドネシア農業研修もこれで9年目になる。
デデは、ちょうど10人目にあたる。
どんな結果になろうとも
目をつぶって10年は走り続ける。
そう決めての9年目。

デデは今回が来日初回ではない。
3年前に、福農とタンジュンサリ農業高校の
交換留学生として、福井に来ている。
僕もその時は通訳としてお世話した。
彼はその時から
「田谷さんの農業研修プログラムに期待です」と
異常なほどにアプローチを受けた記憶がある。
出稼ぎじゃないよ、勉強だよ、と
何度も言って聞かせた記憶も
まだ僕の中に残っている。
その彼が、来ることに決まった時、
正直、あまり嬉しくなかった。
高校生の時の彼の猛アプローチに
僕は辟易していたからだった。

ただ僕にどの子かを選ぶ権利はないので、
学校側が地域のリーダーになる人間だと思えば
僕はその子を受け入れるだけだ。
だから辟易しながらも
事務的に物事を進めた。

空港で久しぶりに合った彼は
やや長旅で疲れている様子だった。
笑顔は素敵だったが口数も少なく
僕と福井に向かう車の旅は
少し緊張もしている様子で
あまり話もしてくれなかった。

もうすぐ福井に着こうかという時に
彼はぽつぽつと身の上話を始めた。
彼が中学生の時、
同郷の人間が日本に研修に行くという話を聞いた。
それが2期生のイルファンの事だった。
苦労をして学校を進んだイルファンが
日本に農業研修に行くという話は
デデを魅了した。
彼の家もイルファン同様
とても貧しかった。
そして大抵貧しい家庭には
兄妹が多いのだが
彼の家もその例外ではなかった。
中学校が終了すると
彼の父親は高校に行くこと反対した。
すぐにお茶畑で働くことを強制した。
しかし彼は、どうしてもタンジュンサリ農業高校に行って
農園たやの農業研修プログラムに参加したい、
と意志を固めていた。
父や兄妹を説得し、
彼はタンジュンサリ農業高校に合格し
入学した。
成績優秀者でなければ研修参加資格はない。
彼は猛勉強をした。
生徒会長にもなり、
成績もトップクラスになった。
それもこれもすべて農業研修に
参加したい一心だった。
そして、念願かなって、
彼は僕の横に座って
福井を目指している。
もうすぐ福井に着く、
その高揚感が重い彼の口を開かせていた。
僕はただただ呆然とその話を
聞いていた。
長くやればいろんなことがある。
そんなことは想定内だったが、
こんなことは想定していただろうか。
僕らがやっていることは
それほどの事なのだろうか。
鳥肌が立った。

これから3年、
デデと一緒に僕も勉強をする。
彼の強い強い想いに
僕はどこまで応えられるのか
不安はあるが、
鍛えれば鍛えるだけ楽しみな若者かもしれない。
さあ、デデ、
君がその気なら、
僕も全力で行くよ。
覚悟しろよ。


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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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