たぶん都会にいる人は
こういうことには
もう少し悩みが少ないんじゃないだろうか。
アクセスできる資源が多いから
無限とも思える
都会の人的・物的資源の中で
もがくことはあっても
何かしらアクセスはできるだろうからだ。
ナンノハナシ?
それは、
インドネシアから帰国すると
その国で連続していた日常が
完全に遮断されるという感覚。

田舎にいると
インドネシア語にアクセスができない。
ネットはあるので何とか情報は得られるが、
日常的にインドネシアの人と
係ることは皆無になる。
別の田舎の日常が始まり、
それが主となり、
あちらの国にいた生の感覚は
どっかの隅に追いやられ、
いつしかそれは思い出となり
徐々に消え失せて、
フィクションが増え、物語になる。
それはそれで新しい生活が始まるのだから
良いのだけど、
あちらの国の生の感覚、
とくにそれを愛してやまなかった人間には
身を削られるように辛い時もある。

あちらの友達からのメールやSNSの会話も
流行や事件やトレンドが古くなり、
だんだんぎこちなくなる。
賀状の挨拶のごとく
元気ですか?いつか会いましょう!
そんな会話が反復されたころには、
自分の生の感覚は完全に失ったと
思っても良いだろう。

それが嫌で
僕はいろんなことを田舎でもやってきた。
おかげさまで、
僕はようやくその田舎とインドネシアの
パラレルワールドから脱し、
どちらも一つの世界になりつつある。
(が、まだ少し壁があるかな???)
ちなみにこの感覚を持った人が
ある一定の数、農業団体の中にいないと
農産物の輸出なんて出来ないぜ、農水省さん。

さて、そんな感覚は
何も僕らだけのモノじゃない。
インドネシア技能実習生だって同じだった。
日本での日常とあの空気感が
突然に遮断されるのは
僕ら以上に
情報アクセスが難しい彼らの方が
もっとひどかったように思う。

今回のネットワーク作りで
彼らが真っ先に挙げてきた活動は、
まさにそれを乗り越えようという
活動でもあるように見えた。
彼らだけの勉強会の開催と
そこに僕の授業をジョイントさせるというアイディア。
ま、若干ジョイントの件は
僕がしゃしゃり出たということは
ここに明記しようかな。
いいじゃん、その生の感覚の仲間に
僕も入れてくれてもね。

だから今回の話し合いのイニシアティブも
1期生や2期生よりも
3期生と4期生が中心だった。
もっと日本とのつながりを求めているようにも
僕の目には強く映った。

さて、
前置きが長くなったが
次に彼らが挙げた活動について書くか。
それはスタディツアーの実施だった。
1年間の勉強会を通じて
自分たちの課題を深く掘り下げたのち、
それを克服しているような先進地へ
スタディツアーに出かけようというものだった。
すばらしいじゃないか!
もうこの辺りのプレゼンを
ワント(4期生)がしていた時には、
僕はもっといろんな気の利いたアドバイスを
してやろうと思っていたのだけど、
ただただ茫然とそのプレゼンを眺めているだけだった。

そして、ま、
スタディツアーとなると
やはり予算がすこし気になる。
その予算は自分たちで賄うと言っていたが
タタンが概算をしたところ、
結構な金額になりそうだと分かった。
最初は外島(ジャワ島の外の島)も含めて
話をしていたが、
徐々に西ジャワ州のそれも近所の事例を
挙げるようになっていた。
僕も協力隊時代に
「研修は距離的に遠くに行くのが必要なんじゃなくて、その深度を深めることが必要だ」
といって近隣での研修を実行したので
それ自体にはとくに反論はない。
ただ先進地が限られてくるのは
ちょっと残念かな。
そんな話をしていたら、
ヘンドラ(1期生)から
「耕志の会の予算から、少し援助って出来ませんか?20万円でも30万円でも良いんです」
なんてさらりと冗談を言う。
おいおい、その金額は
僕らの福井の団体の1年分の活動費以上だよ!

お金の話になったので
ここらで僕は草の根の話を少しすることにした。
実はこのプレゼンを聞いていたら
僕からお金の話をするのは
まさに彼らをスポイルすることだと
気が付いていたのだけど、
僕はダメな人間で
僕も仲間に入れてほしくなっちゃって
ついついこの話を切り出してしまったのだった。

彼らの反応はあまりにもあっさりしていた。
別に必要ないんだってさ。
ちょっと使い難さもあって、
そこまでがっちりと予算を組んでやるよりも
自分たちで出来ることを
出来るだけでやりたいと言っていた。
そりゃあ、スタディツアーに関しては
少し援助がもらえたらいいが
その程度でしかない。
その援助にしても、
僕と実習生と有志で運営している
耕志の会の会計での話だった。
もちろん、それにしたって
20万円とか30万円という額じゃないけどね。
変わってね、インドネシアは。
昔はこんなんじゃなかった。
必要とも思えない援助をもらうために
自分たちをそれに合わせて
動けない組織を
要らない活動を
いくつもいくつも作っていた。
そんな姿をたくさん見てきたから
その場での
彼らの態度が
まぶしかった。
君らは僕の誇りだ。

つづく


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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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