研修生のイマンについて記録しようか。
今月の月間レポートでは、
彼の帰国後のビジネスを中心に議論した。
来日して約半年。
彼のビジネスプランはこれまでほとんど
議論してこなかったが、
前期の授業(農業構造論・地域開発論)を
終了した今、
その視点を活かして彼自身のビジネスプランを
みんなで考えてみることにした。

彼のプランは
帰国前に出してもらっていたプロポーサルトは
全く違うモノになっていた。
来日前は
淡水魚の養殖用エサの栽培といった
事業を目指していた彼だったが、
それはどこかへ消え失せていた。
彼の持っている土地は3か所に集約されている。
水が良く入る土地では
水田での水稲とタバコの二毛作をめざし、
川沿いの2つの畑では
空心菜とソシン(しろ菜みたいな野菜)の
輪作を考えている。

なぜこうなったのか。
まず農業構造論で農業が存在しえる構造を
彼の社会の文脈で考えた時に
彼がポテンシャルとして挙げたのは
野菜栽培だった。
彼の住む場所は
それなりに人口がいる地域であるが
大きな市場に囲まれたいわゆる空白地で
どこの市場にもアクセスが若干悪い。
以前はそれを逆手にとって
市場で買ってきた野菜を近隣の村々で移動販売する
といったビジネスも考えていたようだが
多分その視点はそのままで
自分で栽培した野菜を
近隣の村々で直接販売しようというのが
このアイディアの骨子なんだろう。
村で野菜が売れるのか?
という素朴な疑問が無いわけでもないが
彼の地区は稲作が盛んで、野菜がほとんどない。
換金作物はタバコで、
毎日食べるような野菜は
ちょっと離れた市場で購入するか、
村までやってくる野菜売りから買うのが通常らしい。
なので、野菜を栽培して
それを村で売ることは可能だと彼はいう。

ただ市場規模については疑問も残る。
彼の計画だと合計70aの畑で野菜栽培とあったが、
それだけ空心菜とソシンを栽培すると
たとえ一気に栽培しないとしても
時期をずらして栽培したとしても
とんでもない量の野菜が出来上がるぞ。
いくら村で食べる口があったとしても
それを個別に販売することはかなりの手間だし
現実的じゃない。
やはり市場に運ぶ必要は出てくるね。
で、そうなるとどうやって運送するか。
そしてこれがインドネシアで
結構問題になるのだけど、
どうやって畑から車両が通れるくらいの大きい道まで
運び出すか?が問題だ。
農地に農道が通っている日本では
何のこと?と思うことも多いだろうけど、
インドネシアでは、畑や田んぼに車両が入れる道が
皆無なのさ。
だから農作物を運び出す作業が
いつもボトルネックになったりする。
イマンは
「村の中に土地なし農民がたくさんいるので、その人たちに頼みます」
とその解決策を話してくれた。
土地なし農民。
そう、田んぼを遺産で平等に分け与えてしまう
ジャワのスンダ民族には
代を隔てるごとに
生計に十分な田んぼの面積がなくなっていくという
ジレンマがある。
そういう人たちは、Gadaikanといった質などを
利用して農地の担保に借金をしたりして
最終的には土地なしになってしまうことも多い。
ちなみにスラウェシの僕が協力隊でいた村は
Gadaikanは村人同士で行われるため、
金額によって数年から十数年ほど
自分の土地で耕作しながら、農業労働者扱いとして
借金をした相手の経営の中で働くシステムで
土地なしに陥ることはない。
ま、かなり生活は苦しくなるけどね。

で、彼の話だと
その土地なし農民の労働力は
非正規雇用で、つまりは短期アルバイト。
あるミッションのために集められ、
それが終われば雇用は打ち切られる。
たとえば田んぼから収穫したコメを出すためだと
道まで運ぶのに1袋50キロの米袋を1回運べば
5000ルピア(日本円で50円)ほどだという。
道までの距離にもよるが、
道らしい道のない通路を
50キロの米俵を持って
1日に10回も往復すると
体力的にはかなりきついね。
そういうある意味雇用主にとっては
都合のいい労働者が結構農村には
居たりもする。

協力隊の時から僕は
ここをどうにかしたいと思っていた。
農村の中の格差を。
雇用に対する意識を。
べらぼうに高い小作料や
非人道的なローカルな質システムや
簡単に打ち切られる雇用の在り方や
あこぎな高利貸しや
貧困の環から抜け出せないシステムと
それを補完し合う村の中の習慣。
村の中にあるそんなもろもろの
手を出すと一発で火傷するような
システムと習慣の改善を
どうにかしたいと思ってきた。
僕が声を上げてどうにかなるものでもない。
そうあきらめもあったが、
村のリーダーになる連中が
ここにやってきてからは
こういう話も徐々にだがしている。
そして家族経営から組織としての経営に
(完全に移行できてはいないけど)
変化してから僕自身も8年が過ぎ、
インドネシアの研修生も8期生が来た今、
もう少し踏み込んで議論しようかと思っている。
もちろんジェンダーも含めて。

だからイマンには
正規雇用のスタッフを
君の農場に雇い入れることを前提に
君の農業ビジネスを描いてほしいと
僕から宿題を出した。
すぐに答えは出ないかもしれない。
それに
スタッフはただの小間使いじゃないという意識も
経営者として必要な意識も
シミュレーションで生まれるわけではないからね。

少しずつ。
一歩ずつ。
焦らないでいこう。




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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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