あまり政治的なことは
書きたくない。
でもこれは記録しよう。
平和国家日本の大きな転換となった日を。

この日、安保法案の強行採決がされた。
僕は「国家」は嫌いだ。
僕らの生活とは全く違った論理をかざすし、
国家と民衆と価値の断絶があるのに、
「日本」という言葉の下、
いつも一緒くたにされる。
今の憲法も押し付けられた憲法だという人がいる。
それは国家としてであって、
あの時の国家、つまり既得権益者(権力を握るもの)を守る国家が
別の憲法草案を作ってGHQの草案と
民衆に選択の余地があれば、
どちらを選んだだろうか。
民衆の自由を謳う憲法か
戦前の既得権益を守る憲法か。
ちなみに農地解放のプロセスは
まさにGHQの外圧があって
ソ連のよりリベラルな案を回避するために
当時の日本政府が妥協点を探って
農地解放したという経緯は
それぞれが学ぶべきだろう。

そういう経緯や経験から言えるのは
民衆と国家とは価値観が違うということ。
それは守っている物が、
そして感じる価値観が違うからだ。
僕らは愛する人・家族・友人、そして愛着のあるモノや場所、
それを守りきるだけの財と環境と関係性を
大切にしている。
でも国家は間接的にそれを守ることもあるが
優先順位が違う。
そこに断絶があり、
その断絶が価値観の違いを生み出す。

日本人がアメリカの軍艦に救出されても
それを援護できない、と安保法案を提出した。
ホルムズ海峡が閉鎖されたらどうするのか!と
安保法案が提出された。
でも国会の審議が進む中で
そのどちらも「ありえない」と分かった。
だのに、安保法案は成立した。
前提が覆ったのに、成立した。
つまりは別の隠された
何かとても明かせないような
理由がそこにあるってことだ。
国家は何かに怯えている。
僕らと違う価値観の中で。
可愛そうな国家。
でもその可愛そうな国家の決まりに
縛られる僕らはもっと悲劇だ。
いや喜劇か?
マルクスの言葉が蘇る。
「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。」

今年青年海外協力隊は50周年を迎えた。
僕は小学校の卒業文集で
将来の夢に
青年海外協力隊と書いた。
そんな空気があの時は世の中を包んでいた。
人道支援、環境保護、農村開発etc.
軍事なんて古くてダサい、
そんな軽いポップかつロックな青春の空気だった。
だからかはわからないけど
これまで4万人もの人が
協力隊として海外で活動した。
他の団体を入れると、もっともっと数は多い。
交流と友好が僕らの世界を良くする。
それは今も思っている。
これが僕らの価値観だが、
可愛そうな国家はそれが見えない。
そして安保法案を無理やり通してしまった。
論理展開も前提が崩壊するという滅茶苦茶のままに。

だから
僕はこの日を忘れない。
そしてこの日、僕ら民衆から離れ、
国家側についた人たちも忘れない。
僕らと国家はつねに断絶しているが、
選挙という方法で国家をいつかは
僕ら側に引き寄せてやる。
そう誓ったこの日を僕は忘れない。



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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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