黙々とかぶらを収穫する日々。
畑でかぶらを扱いで、それを籠に詰め持ち帰り、作業小屋の外で延々とかぶらを水であらう。そして、きれいになったかぶらを袋に詰める。これがここ5日間、僕の動作のすべて。

昨日、中卸の幼なじみがやってくる。正月用のかぶらの出荷状況を見るためと、かぶらの運び出しのためにである。あれこれとかぶらについて話していると、『かぶらの葉っぱ、無くてもいいざ』とのこと。大量に扱う正月用のかぶらの場合、流通の途中でかぶらの葉っぱは使い物にならないくらい痛んでしまうとか。ならば、初めからかぶらの玉だけを出荷してもかまわないと言う。

葉っぱが有るか無いかは、とても重要だ。農作業効率を考えたときには、葉っぱが無ければ、畑から作業小屋へ運ぶ労力が軽減できるし、かぶらの扱いも楽になる。葉っぱがあったから袋詰めしていたが、無いのであれば、玉だけをダンボールにつめるだけなので、とても楽。実際、今日は玉だけを収穫して、詰めてみたところ、いつもよりも1時間早く仕事が終わった。しかも出荷できたかぶらの量は昨日に比べて1.5倍。値段も変わらない、というから、これは素晴らしい改善だ!と初めは喜んだ。

だが、ちょっと待てよ。買う側にはどううつるのだろうか。かぶらの葉っぱは、無駄についているわけじゃない。美味しく食べられる部分なのだ。菜飯にもなるし、かぶの吸い物にいれても味がぐっと引き立つ。かぶらは葉っぱも入れて、かぶらなのだ。僕が消費者だったなら、葉っぱつきを選んで買うだろう。

かぶらを大量に扱うこの時期。流通経路のその仕組みの狭間で、かぶらの葉っぱは消費者には届かない。うちは経済的には量がはけるし、仕事面でも楽になるのでうれしいのだが、釈然としないものが残る。畑に置きざりになっているかぶらの葉っぱのように。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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