まだ考えがこなれていないし
勉強不足なのだが、
こういうのもメモしようか。
地域を考える上で、その言葉と
そこへの係り方を2回に分けて書いたが、
その個人の行為能力の中身は
あまりちゃんと書いていなかったね。
それ自体が必要かどうかは良くわからないけど
このことはインドネシアの研修事業の
農業構造論の人的資源の中でも話しているので
僕は地域おこしには欠かせない要素だと思っている。

さて、個人の行為能力が発揮されるのは
その個人の事象に対する(自分自身も含めて)
認知が大きく関係している。
直感と情動のキーワードを認知心理学のそれと同じように
僕が使い分けるのはかなり無理があるので、
その辺りはまだ勉強不足でもあるので
意味が行ったり来たりするのは我慢してもらいたい。

自分を見つめる目が論理的であるかどうかは
たぶんそうじゃないんだろうと
最近
ジョナサン・ハイト著『社会はなぜ左と右にわかれるのか』を
読んでいてよく思う。
僕らの事象の認知が直感やその感情に左右され
後付けで自分の行動に対する理由づけとして
論理的思考がやってくる。
そしてその行動や視点は、他者に大きな影響を与え
またその他者の眼差しや意見や行動といった
相互作用の中で自己を見つめなおしたりもする。

となると、
先日もJA福井市の青壮年部の委員会に出席していたのだが、
農業の先輩もある年長の方から
『部長が一番偉いんだからね』との発言も
僕の行為能力をそれだけ伸ばしていく
事象となる。
その役職が持つ力というものがあって、
それが「一時的に」付帯する。
その役が終わってもその力が
自分にあるように思ってしまうような
その一時的を誤解するケースも多く、
その社会の中で悲劇的もしくは喜劇的な事象を
作り出したりもするのだろう。

行為能力が生まれるその場所には、
物事を動かす力が当然ある。
係り合いを持つことが大切だと
僕が言うのはその力が
その社会を小さくても動かしている事実が
散見されるからだ。
朝日新聞のPTAは必要か不要か?の質問が
その視点から立って眺めてみると
なんともチープな話に見えてくるのは
そのダイナミズムを感じられないのが、
そこの社会なのか、個人なのか、その辺りの雰囲気なのか、
そういうもうどうしようもない状況に
なっているということなんだろうって思う。
そのどうしようもない状況は
ここ地域でもあちこちに見られる。
だから僕らはその行為能力を
もう一度大きく起こすために
係り合いを避けてはいけない。
ただそれぞれの生活の中での係り合いなので、
「それぞれが出来る範囲で」という部分で
すでに僕らの行動力が飽和しているのかもしれない
とたまに思う(というか良く思う)。

その個人の判断同士のインターフェースは
感情と直感が飛びあっている。
いろんな役員会での決定プロセスに
毎週のように係り合っていると
本当にそう思う。
論理的な説明で物事が進むというよりも
その場の雰囲気が左右することの方が多く感じる。
場の雰囲気を作り出す力も
ミクロな話かもしれないが、とても重要に感じるな。
誰がその役をするのかも
とても大きな意味をもっているんだろう。

つらつらとメモ程度のエントリーで
まとまりがない。
だけど、こういう場で地域を彩る
いろんなことが決まっているのも事実。
無視はできない。


関連記事
Comment
Trackback













管理者にだけ表示を許可する

Comment form

田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
(アットマークを@に置き換えて送信ください)

プロフィール
10 ≪│2017/11│≫ 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
カレンダー(月別)
カテゴリ
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

メールフォーム

Page Top

Powered by FC2 Blog |

FC2Ad

| Template Design by スタンダード・デザインラボ