『地域』って言葉が
その字面以上の意味を感じるようになった。
輝かしいフロンティア精神とでもいうのか
革新的な保守思想を併せ持つような言葉として
僕には感じられるようになった。
「地域創生」なんて
それだけを聞いていると(それを言っている人を見ないで)、
なんだかとびっきり力のある
呪文にも聞こえたりするもんね。

この言葉自体に何か革命的な力を
感じるようになってしまったら
ちょっと病んでいるのかもしれないけど、
僕は時々そんな風に思うこともある。

でも、これほどわからない言葉はない。
いったいエリアとしてはどこまでを言うんだろうか?
どこのだれまでがその住民なのか?
まったく定義なんてない。
ふんわりした、思想先行の言葉で、
中身や定義は等閑で、
それを連呼すれば、何か素晴らしい活動を
しているようにも聞こえるような言葉になっている。
だから、政治家が良く使いのかもしれない。
その意味は、全くといっていいほど
僕らには伝わらないし、
そもそもそれを指し示す場や人々は
そこには存在しないのではないかと思うくらいだ。
ま、それはこの本題ではない。

地域という言葉がぼやけている以上に
地域づくりという言葉は、
意味が良くわからない。
その言葉の発する力は
地域以上にパワフルなのに。

たぶん、僕も含めて、
それに係わっている「つもり」の人々が
勝手に考えているエリアというものがあり、
それがその人にとっての地域であり、
そこの発展を願っての行動が
地域づくりってことになるんだろう。
だから行政区域で見る方もいる。
それは公務員や行政と仕事をする人が多いかな。
小学校区で観る人も多いね。
地元の人はその傾向があるね。
組織単体のエリアで観る人もいるね。
農協なんかもこれに入るかもね。
PTAだったり育成会だったり
公民館だったり自治会だったり
自主的な任意団体だったり
大学生のサークルだったり
そんなそれぞれの「地域」の意識が
重層的なカタチを創っているのが
その地域ってことなんだろう。
どの意識が正しくて
どの意識が素晴らしいなんていう気はさらさらなくて
ただどれも勝手な思い込みに過ぎないと言うだけ。
僕のポリシーから言えば、
そこに既にある組織に参加し、
そこを盛り上げることが
風土の風の人と土の人とが結果的に乖離しにくい
ダイナミズムを生み出すと思ってはいるけどね。
そんな勝手な重層的な想いは、
ちぐはぐにそれぞれが尊く存在するよりも
一つの入れ物の中でぐちゃぐちゃにかき混ぜた方が、
より芸術的に美しい結果を
もたらすと思うから。
ま、自分が勝手に意識している「地域」は
その過程でいったん粉々に破壊されるのだけど、
そういうプロセス(自己否定を含むような学習プロセス)を
恐怖と思うような天才肌の方には
とてつもなく辛いかもしれないが、
それが面白いと思える志向の人には、
たまらないよね。

だから、みんな、
地域を語るなら、そこにある何かに
参加してみないかい?
地域という言葉が力を持つのは
そこに「参加」というアクションがあるからで、
そのアクションがどの「場」で生まれるのかも
そこのプロセスがどんなものなのかも
そのすべてが、地域の一部となって
埋め込まれていくのだから。




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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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メールは
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