2012年に来日したイラとカダルスマン。
二人の技能実習生が帰国した。
二人ということで、
このエントリーも二つに分けるとしようか。

まずはイラソバルナから。
といってもこれまでのエントリーにあるので
それほど書くこともないかな。
これまで書いていなかったことを
ここでは記録しよう。

彼は2008年、
僕がこの研修事業を立ち上げたときに
福井農林高校へ交換留学生として来福していた。
2か月半の滞在で、
その間に何度も農園にも遊びに来ていた。
で、遊びに来たときはせっかくなので
1期生のヘンドラのために準備していた授業を
彼もいっしょに受け、ディスカッションした。
とても真面目な学生で、
また日本に来たいと語り帰っていった。
それから、4年が経ち、彼は再び
農園にやってきた。
今度は技能実習生として。

小学校から高校卒業まで
ほぼ学年で1番の成績だった彼は、
予想した通り、優秀だった。
良く勉強していたし、意欲も高かった。
研修の一学年上のクスワントを
下から突き上げる存在として
僕は期待していたし、
しばらくはその通りだった。

だが、ある時から少しずつだが変化が現れた。
それはここで彼女ができたことにもつながる。
帰国後の夢が、
日本で彼女と一緒に暮らし続けたいという想いが強くなり、
それまで議論してきたアグリビジネスのプランは
やはり力は入らなくなってきた。
それはそれで良い。
だが、日本で暮らしたいという想いの中には、
日本で起業したいという想いはなく、
彼女との暮らしの先にある、
『いつか遠い将来インドネシアに帰ったら』という
『』つきの夢に変わり、
やはりその分だけ、意識も鈍った。
だから彼のここでの研修の勉強は、
それからスピードダウンした。
これはしょうがないことだ。
誰かが悪いわけでもない。
彼の行為能力を発揮させる方向が変わってしまったのだから。
その代り、
彼は日本について、
どの研修生よりも知識は増えたように思う。
敬語はできないけど、
日本人と付き合っているだけあって
タメ口の日本語は上手だ。

人なんてそんなもんだ。
僕は彼の変化からも
自分の協力隊や修士の時のテーマだった
その人の発揮する行為能力の事例として
一つ学びを得た。

三度、彼は日本に戻ってきたいという。
その彼女と暮らしたいという想いだが、
その時は、農園に就職したいとも希望している。
もしそれが実現したら、
彼の中で止まってしまっていた
研修の続きをやり直そうと
僕は密かに思っている。
だからなのだろうか、
彼との別れの時には、
僕にはこれまでの卒業生に対する達成感はなく、
どちらかというと
彼が戻ってきてからのことを考えると
使命感の方が強かった。

いずれにせよ
この中途半端な僕らお互いの気持ちは
きちんと整理をつける時間が
今後必要なのだろうと思っている。




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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

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