読書の秋ということで、
書評でも書こうかな。

瀬戸口明久 著 『害虫の誕生』:虫からみた日本史.2009.筑摩書房.

一言で言ってしまえば、実際のただの虫が害虫化したという論理展開ではなく(これはこれでまた違う論点がある)、近代化の流れの中で、「害虫」という概念が浸透し、人と虫との付き合い方が変わった、というのがこの本の大枠であろう。
虫と人との付き合い方は、その時代時代の価値や技術の変容により、その時代を生きている人々の「精神の習慣」(内山節)の変化によって、その関係性が大きく変化した。本書の射程は、江戸期から戦後のDDT普及までであり、中心事例は明治期から戦前にかけてである。それは富国強兵と軍国主義に彩られた戦争の時代であり、その国民すべてを動員した総力戦において、昆虫学の主目的は分類ではなく食糧増産のために害虫を駆除することが求められていった。その過程の中で、実際に農作物や人に害を与える虫たちとの関係は大きく変わっていった。江戸期は虫害を天災やたたりと捉えて、虫送りや駆虫札などの宗教的な方法など虫を駆除対象とした方法ではなく、人々がその難を逃れるための活動であった。それが近代技術世によって「害虫」が発見され、駆除されるべき目標として位置づけられた。その流れは決して一方向ではなく、揺り返しもあった。本書の明治期の事例では、サーベル農政下で繰り広げられた害虫駆除に対して農民の反発が描かれているが、それは害虫を排除するという考え方自体が、農民たちが持つ自然観と生命観に相容れないものであったというくだりはとても興味深い。これらの事例をいくつか横断して、その史観を筆者は東洋的な自然観が西洋に比べてよりエコロジカルであったとは評価せず、そのオリエンタリズム的な視点を批判しつつ、エコロジカル対自然破壊的という単純な二分法そのものを批判しているのが秀逸だった。近代的視点が入り込む前の江戸期の農民にとっても虫害は忌み嫌われるものであり、その自然をそのまま受け入れていたわけではなく、それに対処できる方法が他にあまりなかったということであろう。戦前の害虫駆除の事例では、天敵による防除(生物的防除)や青色灯による物理的防除といった化学物質ではない防除研究が主流であったようだだが、それは日本がよりエコロジカルだったわけではなく、化学物質の生成に必要な原料が戦争によって供給されなかったという物理的な制限を受けたことによることが大きい。だとすれば、本書では取り上げていないが、社会変容論として物理的要因と精神的要因において、それらは相互補完的であり、精神的要因としてのその時代の精神の習慣としてその技術を受け入れる素地があったこそなれば(やや生命に対する生命観のギャップはあったにせよ)、その対象を駆除するという意味では、その技術をそれなりにすんなりと受け入れることができたのかもしれない。それらも含めて、エピローグで触れられている著者の視点こそ、本書の核のようにも思えるのだが、新書であるためか、その部分の記述は少ない。著者の考えや詳しい解説は、次回作に期待したい。


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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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