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これも記録しようと思う。
この前の日曜日は村の秋祭りだった。
朝から神事が執り行われ、
子供神輿が町内を練り歩く。
お昼前からは、青年会のメンバーで
祭りの会場を神社の境内に設営し、
少し日が傾いたころから出店が始まる。
そんな、小さな小さな村のお祭り。

そのお祭りには、
毎回、祭りの夜を盛り上げる
音楽のステージがある。
どっかの太鼓サークルの演奏だったり、
地域のロックバンドだったり、
はたまたセミプロの演歌歌手だったり。
盛り上がる年と盛り上がらない年の差が
けっこうある。
そして、昨年はひどかった。
三波春夫のそっくりさん、という触れが
町内会報の祭り行事予定に書かれていたのだが、
奇しくも東京オリンピック開催が
決定した年でもあったので、
ある意味、旬だとも思って楽しみにしていた。
きっと一番盛り上がる場面では
東京五輪音頭を歌うに違いない。
オリンピックの顔と顔♪
そんな節を口ずさみながら祭りを楽しみにしていたのだが、
やってきたのはちっとも似ていないおっさんだった。
三波春夫にも顔も似てないし、
歌い方も違う。
お弟子さんかな?とも思ったが、
知り合い程度のような話しぶりで、
自慢は三波春夫の奥さんからもらった
三波春夫の着物の帯で、
しきりに会場にいた僕らに
「いくらくらいだと思います?」などと
下世話な話題をする始末。
すっかり白けたステージだった。

そんな白けたステージの横で
焼き鳥を焼いていた僕に
「こんなステージするくらいなら、徹ちゃん(と集落の方からは呼ばれている)とこのインドネシアの子たちのバンドの演奏のほうがよっぽど面白いかもね」と
声をかけられたのが、始まりだった。
こういう声掛けを
僕はあまりその場の冗談には取らない。

ちょうどその年末の集落の青年会の総会で
来年の役員を打診されたのを好機と捉え、
祭りの音楽ステージに
農園のバンドが出場できないかを考え始めた。

インドネシア実習生の受け入れは今年で8年目に
入ろうとしている。
そして農園には、集落外からたくさんの人に
働きに来てもらっている。
一見、農業が主体となったにぎわう地域のようにも
話のイメージからは聞こえるかもしれないが
実際には日々の生産活動に追い回されて
また集落の住民も仕事は集落外で
大抵、平日は寝に帰るだけの場所でしかない。
農園のスタッフや実習生と
集落の方々とが交流する機会は
意外と乏しいのである。
前に働いていたセネガルのイブライは、
なぜかその壁をいとも簡単に打ち破り、
うちの集落のアイドルと化していたが、
それと同じようなインドネシア実習生は現れず、
僕の悩みの種にもなっていた。

お祭りの音楽ステージに出演すれば
もっとインドネシアの子や
日本人スタッフの子も楽しい集落ライフの
きっかけになるに違いない。
と、音楽を全くやらない僕は
本当に気軽に考えて、
そして農園の自主的なバンドサークルに
そんな話を持ちかけた。

どのくらいどんな苦労とプロセスがあって
そのステージは完成したのかは、
何も苦労を知らない僕が
言葉を綴ってもしょうがないので、
その部分は、バンマス佐藤のブログのリンクを
ここに貼っておくので、そちらを参照してほしい。

さて、そんなこんなで
なんとか農園のバンドが
今年の音楽ステージに出演した。
お祭り当日の演奏はとても完成度が高く、
エンターテイナーとしても十分どころか、
こんな小さなステージではもったいないくらいの出来だった。
実は、今年の4月にセネガルに旅立った
農園で研修をしていた北野が
このバンドのキーマンで、
その彼が抜けてからは、ややボリュームに欠ける
演奏が続いていて、僕自身も少し不安はあった。
だが、祭り当日の演奏は、
北野がいた頃よりもはるかに素晴らしく、
そして何よりも聴衆を引き込んでいた。
名も知らない外国人と日本人のバンドで
どちらかと言えば人見知りする集落のみんなが
すんなりと受け入れてくれないまま
白けたステージになることも覚悟していたが、
いやいや、みんな楽しんでくれていたのが
僕は何よりもうれしかった。
ジャジャンが歌ったヤングマンでは、
女性部のお母さんたちまで、
Y・M・C・Aと一緒に踊ってくれたし、
秀逸だった「お祭りマンボ」では、
その熱唱が会場に伝わったのか、
一緒に歌う人も多かった。

青年会のメンバーからも
「来年もやったら?」や
「もっと大きなステージでもやった方がいいよ」などと
声をかけてもらった。

農園のバンドのみんな、
村のみんなからも認められて
良かったね。
そしてありがとう。
とてもいい演奏でした。






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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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