同じ映画を劇場で2回観た経験は
これまで全くなかった。
映画ファンの中で
同じ映画をなんども観に行く方がいるのは
聞き知っていたが、
それは
お金の無駄だと思っていた。
一度観れば、
話の筋は解っているし、
衝撃のラストで驚くこともない。
なのに、
この映画は先週も観たはずなのに
今週も映画館へ行って観てしまった。
それは
「思い出のマーニー」

先週、妻はインドネシアへ出張に行っていた。
その間、プチ父子家庭で、
娘のさみしさを紛らわせるため
土曜日は映画を観に行った。
娘の希望で
「思い出のマーニー」を観に行った。

まったく事前情報もなく
宮崎駿が全く関わらないという意味で
個人的な期待もしていなかった
ノーマークな映画だった。
妻がインドネシアに出張に行かなければ
たぶん観なかった映画だっただろう。
しかし、その分、
劇場では不意を突かれ
とても深い物語に
僕の涙腺は破壊されてしまった。
小学3年の娘も僕の隣で
僕以上に泣いていた。

で、絶対妻も観たい映画だろうと
娘とその後で盛り上がり、
その勢いで
来週ママが帰ってきたら親子3人でまた行こう!と決めた。
で、今週も観に行ったというわけ。

最後の顛末を知りながら
この映画を見ると
出だしから涙腺がやられるというのを
今回経験した。
何気ないセリフ一つ一つに
実は意味があり、
断片的なかかわりと
物語の飛躍すらも
それがとびとびの記憶のかけらで
そこにアンナの空想
(僕はマーニーの念と思いたい)
がくっつき
物語に構成されていくという
プロセスそのものの細部に
気を配りながら見ることができた。
1回目ではノーマークだったため
涙腺が決壊して隅々まで気が回らなかったが
今回は決壊しながらも他の登場人物にも
気を配ることができたように思う。
前回はあまり気にならなかった
久子さんという登場人物も
「あなたもマーニーに会ったのね」のセリフで
彼女も記憶の断片の中で
絵をかきながらそこでマーニーに会っていたのだろうか。

人物像がしっかりとしているので
その後の僕らの勝手なさまざまな解釈に
物語が耐えることができるという意味で
観終わった後の妻や娘との
映画談議が寝るまで続くことができてとても楽しかった。
上滑りしていく映像だけの物語では
そこに映っていた以上の解釈は存在しないから
深い考察には耐えられないからね。
とてもいい映画です。
ぜひ皆さんも劇場に足を運んでみてください。



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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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