前回の夜の勉強会(エントリーのリンクはこちら)に
参加していたインドネシアの研修生イラから
内容がいまいちわからなかったと質問を受けた。

イラの故郷の地域は(スンダ民族)、
山間の人口密集地で、
一人あたりの農地所有も平均して30aほど。
また独特の遺産相続の習慣があり、
兄弟ですべて均等に分け合う
いわゆる「田分け」の風習があり、
自然と農業経営規模は代を重ねるごとに小さくなっていく。
そういう状況下では、
前回の勉強会の内容は、
日本語の壁もあろうが、
それ以上に持っている視点の違いから
理解できない部分も多いだろう。

まず彼の地域では、
農業と関係ない人による新規就農者が存在しない。
すでに人口密集地ということもあり農地に拡大の余地がなく、
農民子弟の多くは他のセクターへ吸収されるしかない。

だから新規就農のほとんどは親元就農となる。
この親元就農の状況が勉強会で僕らが共有した
問題点に近いとはいえるが、
置かれた農業・社会環境の違いで
さらにそれをドラスティックにした感がある。

親子の関係でいけば、傾向として(もちろん例外もあるが)
その宗教上・民族の慣習上、
僕らの現実よりも親は敬われている(特に父親)。
なので、親の権限はとても強い。
この強い権限を持った親元での就農は
僕ら以上に自由がないとイラはいう。
もちろん親の資質にもよるし
イラは子供の時から養子として養父に育てられたという
事情もあるため
普通の親子関係以上に親の権限も強いかもしれないが、
他の同じ地域の農民子弟(スンダ人)に聞いても、
状況に濃淡はあるが、よく似てはいた。

それは、親がこの世を去るまでは農地の相続がなく、
母方からの相続があった場合でも
父親がそれを管理していること、
そして自分の農地がないということで、
毎日の農作業や営農計画はすべて父親に従わないといけない、
ということだった。
なかなかタフな状況と言えよう。

そこには自由はほとんど存在しない、という。
自分で販売先を探したり、
栽培品目を決める力はない。
親元就農の多くは
中学や高校を出てすぐなので、
親も若く(だいたい30代~40代)
当然、子供は経験からも知識からも
親に太刀打ちはできない。
だから、多くの若者が就農を嫌うとイラは言う。

そこで彼の地域では、
若者の一部は地区外へ出稼ぎに出かけることがある。
それは都市部というよりも
ジャワ島以外の外島だったり、マレーシアや韓国・台湾、
そして日本といった国外だったり。
そこで一儲けした後、
故郷へ戻って農地を買い、自分で営農を始めるという。

社会的慣習と人口圧と農業環境が違うことで、
親元就農の苦労がこうも違った形を持つのは
とても興味深い。

さて、そんな話をイラとしていたら、
それに今年来たばかりのレンディが反論した。
自分の地域は違うという。

レンディの地域は、
かつて2期生で来ていたイルファンと同じ地域で、
大規模なお茶栽培の土地柄。
アジア一帯にみられる田園風景はなく、
山の斜面にただただお茶畑が続く地域。
住民たちは、国有や私有の大規模お茶農園で働き、
そこの作業が終われば、自分の小規模の農園を切り盛りするのが
この地域の特徴的な営農だ。
また、水田はほとんどないが、畑は豊富にある。
国有の森林企業が大規模に土地を所有しているが、
一定の植林を行うことを条件に
ある定められた作物を植えるためならば
農地を安く、しかも長期に借り受けることができる。
だから、そこの地域の農家は、
レンディの話では平均して1haほどの農地を
所有しているとか。
また新規就農として、地区外からやってきて
個人で農業を始める人もそれなりにいるという。

さて、そんな場所での親元就農はどういう苦労があろうか。
レンディ曰く、それはそれぞれの親子関係によって
違うという。
もちろんイラの地域のように
親の権限は強いので、親の言いなりに農業をすることもあるが、
農地を安く借り受けたり、買ったりできるためか
親の営農にも余裕があり、
親元就農の多くは、親から口約束で農地を借りて
自分の畑も持ちつつ営農を始めるという。
より自由度が高いと言えよう。

だからなのか、
レンディがいうには、
それほど出稼ぎに行く若者は居ないそうだ。
就農したければ、いちいちお金を工面しなくても
親や親せきから安く貸してもらえるし(ただの場合も多い)、
その土地で収益が上がれば、
数年で自分の土地を持つことだって夢じゃない。
なぜなら、お茶などの価格が優秀な作物があり、
市場も大規模お茶工場へ
販売するルートが確立されているからだ
(というかそこへしか販売できない。お茶は専売特許)。
結構恵まれているような気もするが、
作ることが可能な作物が決められているという点では、
また別の営農的問題があるような気はするが。

僕ら勉強会で話をした福井の就農と
インドネシアの2か所を比べることで、
就農における問題点が、よりはっきりしたように思う。
それは、
ある作物の産地で営農システムが確立されていることだったり、
農地の分布やその自由度だったり、
そして社会的慣習の違いと
そこから生まれる社会的認識と常識で、
こうも就農のカタチが変わることが面白い。
「新規就農が定着しない」という紋切型の言葉が飛び交い
それが一つの言説となってしまうことで、
そこから先になかなか思考が進まないが、
その背景に目をしっかりと向けてみると、
それはその地域が持つ営農の特色と
とても密接だったりもするんだと思う。
別の機会にもう少し、深く考察してみたいな。




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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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