今後の展開を期待して、
こういうことも記録しておこう。

今年で研修最終年度を迎える
カダルスマン(以後ダルス)がすこし大変だ。
たぶん、いろいろとここで勉強するうちに、
何がどうしたいのかわからなくなって
混乱しているところなのだろう。

ここでの農業研修は、
徹底して『地元』から考え、
もともとあった常識を疑ってみる癖をつけるのが
主な学習スタイルだ。
空中分解してしまいそうな抽象的で国家的な議論も
このスタイルから見つめてみると、
ちょっと違った風景に見えたりもする。

で、それを身に着けるために
座学では相手への同調よりも批判を大切にする。
ただ批判するのではなく、
それは建設的で
新しい視点や気づきを与えてくれるような批判で
なければならない。
なかなかそんな切れ味のよい批判が
できるわけじゃないが、訓練し続けている。

さて、ダルスの場合、
このスタイルが彼には合わないのかもしれない
と思うことがある。

研修生は3年目に
卒業研究を行う。
1年間かけて、それぞれが実際に実験や栽培
もしくは市場調査などを行って
それぞれの課題を明らかにする
とても大切な学習プロセスだ。
その準備に2年生の後期から
卒業研究の計画づくりに半年かけて行うのだが、
そのプロセスがなかなかタフだ。

卒業研究は、
月間レポートで書いてきた帰国後のビジネスプランと
リンクした実験を行わないといけない。
だから、その半年の計画づくりに入るまでに、
ある程度帰国後のビジネスプランを練っておく必要があるが、
ここが甘いと、計画づくりで
学友や僕からの“つっこみ”に耐えられなくなるのだ。
ダルスがまさにそうだった。
彼は、自分の地域には果樹が多いとして
果樹を加工するビジネスを考えていた。
最初は乾燥してドライフルーツを考えていたが、
卒業研究の計画づくりに入るころには、
果樹のチップス(ノンフライ)のビジネスを
やりたいと言い出していた。
だから卒業研究では果樹のチップスの研究だった。
しかし、実際に計画を立てる段階になると、
彼は学友からの集中砲火に耐えられなくなった。
ダルスの地域にはどのくらい果樹があるのか?
帰国までにためたお金でノンフライの機器は買えるのか?
その機器で生産できる量で、年間最低2400万ルピア稼げるのか?
(ビジネスプランは年間最低2400万ルピア稼げるように考えてもらっている)
販売先はバンドゥンの土産屋というが、どうアクセスするの?
などなどの批判をダルスはかわせず、
撃沈してしまった。
そこから迷走が始まった。
次に計画してきたのがジャムづくり。
これも理由がチップスより機器が安価という理由だったので、
またもや集中砲火を受け、撃沈してしまった。

撃沈してしまう必要はなく、
それらの批判はその事象について考える種を
与えてくれるものなので、真摯に受け止め
それについて思考をめぐらせばいいのだが、
いかんせん、彼はそこで行き詰ってしまうようだ。

そして提出期限の3月に入ってから、
彼はこれまでのプロセスをガラッと変えて
米の研究をすると言い出した。
これまで果樹の加工で考えを練ってきたのに
急な変化に驚いたが、
以前に彼の地域のポテンシャルとして
美田が多いので高品質米に特化しても
面白いかもしれない、というコメントは
僕もしたことがあった。
ダルスには、いろいろと葛藤もあったんだろう。
ただそうやって“研究のための計画書”は、
やはりその基盤となる考え方が脆かった。

彼の計画書での問題意識は
簡単に言うとこんな感じの論理展開だ。

「地元の農家は遅れた稲作を行っている。
それは同じ地区で収穫と田植えが同時期に
行われる行き当たりばったりの稲作だ。
だから害虫や病気が減らないで減収している」

そして彼の問題解決の提案が、次の通りだ。

「日本式の一斉に田植し一斉に刈り取る農法を
学んで普及させたい。
だから日本式の米の栽培方法を勉強したい」

ということだった。
まず問題提起の仮説がよくない。
本当に農家は遅れた稲作を行っているのだろうか?
僕は彼の地元の農家にインタビューはしたことがないが、
同時期に田植えや稲作がおこなわれる理由は
他の地区で聞いたことがある。
一番大きな理由は、
灌漑用の水が十分でないことが
その理由だ。
一斉に田植できるのは雨期だけで、
乾季は条件が揃った場所から田植が行われるので、
収穫時期はどうしてもばらける。
また用水路も未整備で田越しの灌漑が主流でもあり、
稲作が2回から3回できる気候だとしても
自分気ままには田作りもできない。

日本でも祖父母の時代には
5月から始まった田植は7月上旬まであり、
とても一斉とは言えない状況だった。
収穫も11月の霰が降る中で行われたこともあると
祖父がかつて語ってくれたように
2か月以上のズレがあった。
それは水も関係するが、もう一つが労働力だろう。
一斉の田作りは機械化してこそ可能になった風景で、
それで農家の考えが遅れていたり劣っているわけではない。
農家は、その条件下で最大かつ最適な方法を
常に探し求め行動する主体なのだ。
実はそんなことはすでにこの2年間
彼に叩き込んできたはずなのに、
いまだにダルスが、
「地元の農家は遅れている」
なんていうのには、力が抜けてしまった。

今少しダルスには時間を割いて
一つ一つ彼の頭にある偏見を一緒に見つめる作業が
必要のようだ。
このまま混乱させたまま研修を続けても、
彼の行為能力は解放されないどころか、
偏見の中で迷走を続けてしまいそうだから。

さて、ここから彼はどう化けるのだろうか?
ちょっと先は見えないけど、
それが出来なければ、この研修をやっている意味はないので
ここが僕の頑張りどころなんだろう。




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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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