中西 友子 著 『土壌汚染』:フクシマの放射性物質の行方.2013.NHK出版.

本書は、東京大学大学院農学生命科学研究科の調査チームによる、福島第一原発事故後の環境汚染についてまとめられたものである。本書の目的は、フクシマの放射性物質が自然環境の中でどのように循環し、そしてどのように蓄積し、環境と人体にどういった影響を与えていくのかを検証したものである。水俣病のように、自然界のエコシステムに乗っかって、次から次へと汚染を拡大していくのかどうか、そこに焦点が絞られているともいえよう。

放射性物質の種類によって半減期や生命にたいする影響が違うこと、またベクレルとシーベルトなどの放射線を表す単位にあるように、人体に対する影響を図る構造の違いなどが、放射性汚染の現状を理解するのを難解にしている向きがあるが、本書では平易な言葉で解説している。ベクレルとシーベルトの違いを蛍光灯を例にとったのはわかりやすかった(ベクレルを蛍光灯が発する光量に例え、シーベルトを人が実際に浴びる光の量に例えていた)。
本書で扱う放射性物質は、フクシマの事故で大量に放出された放射性セシウム137に主眼をおいている。

放射性物質の自然界での拡散・蓄積・循環を検討する前に、理解が必要なのが、その物質の物理的半減期と生物的半減期だろう。放射性物質は物理的に不安定な存在で、刻々と放射線を出しながら崩壊している。例えば放射性セシウム137の場合、30年でその量が半分になる。なので、放射性セシウム137の物理的半減期は30年となるわけだ。半減期を迎えても全部が無くなるわけではなく、半分になるだけ。
だからといって、もし放射性セシウム137が体内に入ってしまえば、30年経たないと体内のセシウム137は半減しないのか?といえば、そうじゃない。生命は代謝する。僕らの細胞は刻々と入れ替わる。だから取り込んだセシウム137も、その代謝と一緒に体外に放出される。物理的には減りはしないが、体の代謝によって体内から放出される。体内のセシウム137の量が代謝によって半減する時間を生物的半減期という。セシウム137の場合、筋肉などに取り込まれ、2~110日で生物的半減期を迎える。入り込んだ場所と代謝のスピードによって異なるってことか。ただ体内に取り込んでしまった放射性物質は、その場所で放射能を出し続け、その近くの遺伝子などを傷つけ続けるので危険なことに変わりはない。
ちなみに余談だが、放射性ヨウ素131の場合は、物理的半減期が8日だし、それに加えて生物的半減期なんてことがあるとなんだかちょっと安心してしまうが、いったん体に取り込むとヨウ素131は甲状腺に蓄積し、代謝によって半減される生物的半減期は80日もある。だから取り込んだヨウ素131は物理的にほぼ崩壊するまで体にとどまることを意味する。

本書の結論から言えば、降り注いだ放射性セシウム137はその場所の土壌に吸着されて、そこからほとんど動かない。自然界のエコシステムによって拡散することがあまりないとのことだった(海の場合は別なので注意)。吸着した土壌粒子や有機物などと一緒に懸濁液となって移動する場合もある。事故後原発から離れている場所で基準値を超える米が出てきたのも、これに由来する。
放射性セシウム137は、粘土土壌につよく吸着されるが、粘土土壌の種類によっても異なる。イライト・バーミキュライトでは強く吸着され、カオリナイトの粘土では吸着されにくい、とのこと。砂壌土の場合は、吸着されず水などと一緒に流れていく。いったん吸着されれば、イオン化して溶脱することはない。セシウム137はカリウムと形状が似ているため、カリウム欠乏の土壌では植物体に取り込まれやすい。稲の場合、取り込まれる時期と環境の違いで穂にセシウムがたまる場合もある。これまでは古い葉にセシウム137(過剰なカリウムは古い葉に貯蔵されるため)がたまるとされてきたが、二本松のケースでは新しい葉と穂にたまったケースもあった(夏の有機物分解と懸濁液と谷水灌漑による)とそのメカニズムを説明している。果樹の場合は、根から吸い上げられたことよりも、樹表面から転流で実に移行している。
物理学的半減期が30年のセシウム137でも、生物学的半減期は60~90日で(代謝で外部に放出される)、乳牛でも汚染されていない餌を与えれば、3か月後にはほとんど牛乳にセシウムが含まれることはない。魚の生物学的半減期は種類によって異なるが、大別すれば海水を多く飲む海水魚の場合で50日、ほとんど飲まない淡水魚は100日だった。陸上では吸着された土壌が風雨、もしくは有機物分解などで微量にしか移動しないが、海洋はやや事情が異なる。海に降り注いだセシウム137は海底の土壌に強く吸着されるが、海流とともに海底を土壌が動くため、吸着された汚染物質はダイナミックに移動を続けている。海流と共に、海底の土壌と一緒に拡散しているのが現状だ。この研究はほとんどされていないため、どのように汚染が広がっているのか正確な部分では不明らしい。

さて、本書では除染についても説明している。
畑での除去については、ひまわりなどの植物が有効だと言われてきたが、ひまわりは実際には土壌中のセシウム137全体の0.08%しか吸着できず、逆に汚染物質の総体(ひまわり残さ)が増えてしまうそうだ。その残さをどう処分するか、また別の問題に行き当たってしまうのだ。やはり表土除去が有効だとのことだが、数千年かけて培ってきた表土除去は農業の可能性を奪ってしまう。そこで深耕や天地返しといった方法がとられる場合がある。これはセシウム137が表土数センチの土壌に強く吸着されて、そこから放射線を出し続けているので、表土の下の層の土と撹拌することで、表土近くから人体に影響する放射線の量を減らそうという取り組みである。一定の効果があるが、土壌から完全にセシウム137がなくなるわけではない。またそこで作業する人などは、耕起の度に舞い上がる土煙を吸いこんでしまえば、体内汚染につながるため危険は高い。表土は剥がしたくないが、作業者の安全を考えると放射性物質の総量を減らさないといけないだろう。

本書ではセシウム137に主眼が置かれているが、ストロンチウム90などの他の放射能物質なども気になるところだ。ストロンチウム90は、フクシマの場合チェルノブイリと違って低温だったため放出量が少なかったそうだが、物理的半減期はセシウム137と同じ30年で、しかもカルシウムと構造が似ているため、体内に取り込まれる骨に蓄積し、生物的半減期が50年という長きにわたって体を傷つける物質でもある。作物にとってもカルシウムは必須微量要素であるため、どのように取り込まれるのか、解説が欲しいところだ。またセシウム137のように他の放射性物質も土壌粒子に吸着されるのかどうか、そのあたりの説明は少なかった。セシウム137がどのように自然界にとどまるのかを理解できた分、むやみやたらな恐怖は消えたが、同時にほかの放射性物質についても同様に解説の必要性を感じた。ぜひ、今後の研究で明らかにしてほしい。

福井は、世界一の原発立地地域だ。そして、原発は必ず事故が起こる。そんなところで農業をする身としては、来るかもしれない原発事故に備えて、できるだけ知識をためシミュレーションする必要がある。本書を読んで土壌が放射性物質を吸着してくれて、自然界での拡散もメカニズムがわかってきたのはよかった。だが、土壌が吸着してくれても、放射線が出なくなるわけじゃない。耕作者はその放射線が出る耕地で土をいじり、作業し、作物を育てなければいけない。表土をはぎ取れば、土づくりを命として考えてきた農業そのものが存続できない。そして作物に取り込まれていないといくら検査して、風評被害はあとをひかないだろう。

ここでのこの自然と一緒に歩む生活を、ほんとうに小さな幸せの連続の生活でまったく豪奢な生活でもなんでもないのだが、その生活そのものを奪う権利なんて誰にもないはずだ。それとも誰か原発が必要な人たちの発展のために、僕らはこの生活をいつでも投げだす覚悟を持っていないといけないのだろうか?いったい誰が、どんな権力で、そしてどんな信託を誰から受けて、この21世紀のデモクラシーの世界でそれを強要するのだろうか?
僕は願う。できるだけ早く原発をとめてほしい、と。



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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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