映画「100,000年後の安全」を
インドネシアの研修生たちと観て
ディスカッションをする。
農業とグローバリゼーションの座学では、
さまざまな地球規模の問題を取り上げている。
とてもじゃないが、それらの問題に答えは
出せないけど、それを意識しながら
営農するスタイルを確立するために
この座学をやっている。
今回は原発。

日本の政権が原発を輸出するといって
あちこちに広めようとしているが、
そのうちの一つにインドネシアも挙げられている。
経済成長著しいインドネシアでは、
消費電力がうなぎ上り。
経済発展を下支えする電力供給は必須課題だ。
だが、中部ジャワの巨大火力発電計画は、
日本の商社の社員が誘拐されるほど混乱している。
しかもCO2排出量が増えるような発電方法は
もう温暖化の変化が急激になってきている昨今、
止めるべきだと思う。
では、水力発電は?
かつて建設したコタパンジャンダムのような
大型水力発電は、その後の社会混乱と訴訟の連続で、
今の日本では開発に手を出さない。
そしてその分野では、今や日本企業に代わって、
中国企業が頑張っている状況だ。
研修卒業生のタタンの地域の近くで
東南アジア最大の水力発電を建設中だ。
じゃぁ、小水力はどうだろう?
なんてことになっても僕は専門家じゃないので
答えられません。
ただ、日本でもそうだけど
開水路の場合、ごみがとてつもなく多いので、
それをどう解決するか、なかなかいい方法がない。
パイプラインなら可能だけど、
それを敷設する方が発電よりもエネルギーを使いそう。

とまぁ、発電方法についてはこのくらいにして
本題に入ろう。
100,000年後の安全の映画では、
使用済み燃料の問題を取り扱っている。
原発は様々な問題を抱えたまま動いているけど、
あまり議論になっていないのが、
使用済み燃料の安全な廃棄方法だろう。
最終処分場なんて言葉を聞いたことないだろうか。
使用済み燃料を最後に処分する場所のことだけど、
実は、これ世界中でまだ1ヵ所しかない。
あとは中間貯蔵施設というとても曖昧な
人を煙に巻くような言葉の場所に保管してある。
なんてことはない。
原発施設内のプールに行儀よく並べてあるだけだ。
だからフクシマのように
大きな地震と津波が襲えば、プールが壊れて水が抜け、
管理できなくなるというとても脆弱で危ない保管方法なのだ。
だから中間貯蔵施設なんて言葉を使うんだろうね。
で、地震のないところにプールを作れば?
と思った貴方、問題はそんな時間軸にないんですよ。
使用済み燃料が生命(人間)に無害になるまでの時間は
100,000年もかかるのだ。
ちょっと気が遠くなる話。
100,000年前というと、ネアンデルタール人が
洞窟に意味不明だけど芸術性の高い絵を描いている頃。
もはや100,000年後は、ホモサピエンスではなく
ほかの種の人間、もしくは知的生命体がいるかもしれない。
そんな時間軸での処理が必要なのが使用済み燃料というわけ。

映画ではオンカロという世界でたった一つの
フィンランドの最終処分場が舞台だ。
さまざまな専門家が、
100,000年先までその施設が安全かどうかを
淡々とインタビュー形式で話をしている映画だった。
オンカロですべての原発の廃棄物を処理できるのかと言えば、
答えはNO!
フィンランド分だけだそうだ。
原発の発電量がフィンランドの30倍あるアメリカの場合、
そういう場所を単純に考えれば30個は必要ということになるね。
ちなみに日本はフィンランドの17倍。
オンカロでは10億年も安定した岩盤に埋め込むそうだが、
そんな岩盤、日本領土内に17か所もあるんだろうか?

施設が地震や地割れや地殻変動で動けば、
損傷を受けることは間違いない。
1000年に1回は大地震に見舞われる日出づる国では、
最終処分場は無理だろう。

災害以外にも問題がある。
映画ではそれが一番の問題としていた。
それは僕たち人間。
好奇心旺盛で利にさとく、冒険心に溢れ、危険を顧みない。
そんな僕らは、
ご先祖たちが託した「開けてはいけない」という
メッセージを無視して、
すべての遺跡を開けてしまった。
いやいや、これから反省してもう開けません、と言っても
信用ならない。
そんな僕らが未来の人類に
「ここは危険だから決して開けてはいけない」と
メッセージを残しても、なんだか空しいだけだ。
みんなで覚えていたらいい、というが、
僕らの周りに100,000年なんて贅沢言わないから、
10,000年前の記憶や物語が受け継がれているかどうか
考えてみたらいい。
小学生だってわかるよ、無理だよね。

好奇心で開ける場合もあれば、
確信犯的に開ける場合もあるだろう。
原発の燃料になるウランは、
ビックバンの時に出来上がった物質で
当然崩壊し続けながら今日まで残っている分を
使っている。
そしてそれはほとんど残っていない。
今後100年ももつかどうかだ。
そして、その100年くらいを謳歌するために、
そのあとの100,000年を無駄にするのが
僕らの文明なんだ。
で、エネルギーが枯渇する未来にとって、
この使用済み燃料は膨大なエネルギーに見えたりする。
一時まことしやかに使用済み燃料はリサイクルできると
電力会社は広告していたが、
それは無理な話だ。
コントロールが格段に難しくなるし
事故率も高く、その施設の事故となると
フクシマどころの話ではない。
リサイクルはできない。

でもそれができると信じて
民にエネルギーを与えるんだ!という指導者が
現れたら大変だ。
その時代はエネルギーも不足しているだろうから、
その人の支持率もたぶん高いだろうな。
成功と失敗の可能性が半々だとしても
やってしまう指導者もいるかもしれないね。
それは歴史から僕らが考えれば、答えは明らかだ。

「そんなことは知らないよ、今が大事」という方も
いるかもしれないね。
エネルギーが供給されないと経済成長できないから。
トリクルダウンの論理で、世界隅々まで
資本主義で覆いつくし、限りなく生産性を高めるには、
地球は小さすぎた。
気候変動の原因になるCO2を排出しない
原子力発電は、まさにサタンだ。
僕らが欲しいリンゴをくれるが、
それは僕らの未来と引き換えだなんて。

インドネシアなどの海外で
そのサタンを進めようというのだから
正気じゃない。
電力確保は日系企業の緊急課題だろうし、
火力発電の失敗や大型水力発電に
手を出さないのなら、
原子力ってわけか?
それだけでなく、僕らはもう少し
意地悪に考えてしまう。

日本に使用済み燃料を捨てる場所が
ないのなら、海外に作ればいいって
政府は、原子力発電にかかわる人たちは
思っていないだろうか。
国際協力なんて言葉で、
海外の「安定した場所」と決めつけた場所に
使用済み燃料を資金援助と一緒に埋め込もうなんて
そんなこと考えていやしないだろうか。

海外にも原発を広めてしまえば、
当然、そこにも使用済み燃料が出てくる。
そしてそれも処分しないといけないだろう。
その処分する場所に、
日本が技術と資金を援助するから、その場所に一緒に
埋めようってなるかもしれない。

都市の産業廃棄物をどこで処理してきたか、
都市に電力を供給するためにどこに原発を建ててきたか、
それが世界規模で考えてみたら、
僕らの意地悪な想像図に行きつくだろう。

研修生たちとの議論では答えは出なかった。
反対はするけど、僕らは昔の生活には戻れない。
「100,000年後の安全」ぜひ見てほしい。
小泉さんが急に反原発になったのも
なんだかうなずけたのは余談。




関連記事
Comment
Trackback













管理者にだけ表示を許可する

Comment form

田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
taya.tアットマークnifty.com
です。
(アットマークを@に置き換えて送信ください)

プロフィール
08 ≪│2017/09│≫ 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
カレンダー(月別)
カテゴリ
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

メールフォーム

Page Top

Powered by FC2 Blog |

FC2Ad

| Template Design by スタンダード・デザインラボ