彼が
「農業では、家族を養っていけない」
と結論に至ったのは、
彼が置かれた環境やそれに付帯する要因とも
強く関係する。

前回も書いたが、彼は妻の村に居を構えている。
そして研修で得た資金で21aの土地を新たに準備した。
(前回29aと記したが、21aの間違い:前回のエントリーも修正済み)
資金的には、これ以上の規模拡大は難しかったようだ。
なので、この21aからの生産物が彼の生計の支えになる。
限られた土地で、拡大が難しい場合、
生計戦略は2つ。
一つは、単位面積当たりの収量を増えるように工夫するか、
もう一つは、単位面積当たりの収入が増えるように
生産物の単価を高くするか、だろう。
当然、イルファンはこの二つの道で2年間トライしてきた。
14aの水田は比較的水が豊富にあるため、
それを活かしてコメを2期作行い(1月~3月&4月~7月)、
8月にこの地域の特産であるサツマイモを作付する(12月収穫)。
タイトな作付けカレンダーだが、
最近はハンドトラクターを所有する耕起代行業者がいて、
14aを15万ルピアで請け負ってくれるので、
ほとんど土地を休ませない年3回の作付けも可能になっている。
つまりイルファンは、もうこれ以上土地を利用できないほど、
耕作をおこなっている。

そして前回のエントリーでも書いたが、
キャベツのように高単価の作物もイルファンは挑戦していた。
たぶん彼の希望の星は、ここにあったように思える。
既存の作物ではないものを
既存の流通とは違った方法で販売して、
今までにない高単価を実現できるんじゃないか、
そう彼が考えたのも無理はないだろう。
事実、僕は自身の事例を使って、
研修中に彼らにそれを叩き込んできたのだから。
しかし、それはどんな条件下でも成立しうるものではない。
可能性がないわけではないと、僕はまだ信じているが、
結婚して子供が生まれて、
すぐにでも一家を支えなければならない、と
イルファンらしい真面目な考えの下では、
それにちんたらと時間を費やすことはなかったのだろう。
だから、2013年のときも今回も彼は、
「一人で栽培からマーケティングは無理で、数人集まってやるのならできると思います」とそれがその問題解決の本質的な答えかどうかは別として、
彼が置かれた立場での行動の限界を
彼が語る背景になっているのだろう。

さて、
2つの生計戦略にかなり力を入れても、
彼の売り上げ(粗収入)は
年間600万ルピア(6万円)にしかならなかった。
限られた土地で収入を増やす努力は、
うまく実らなかった。
その間、栽培が失敗して収量が悪かったわけでもない。
その反対に、彼の果樹園で栽培している丁子は
2013年の収穫期(8月)の価格は高騰して
前年よりも倍の値段(1㎏15万ルピア)で取引されていた。
だから、昨年の売り上げは例年よりも
良かったと評価しないといけない状況だった。

では、そもそもなぜ21aしか土地が手に入らないのか?
その部分の要因を考えてみよう。
単位面積当たりの収入向上を精一杯やってもだめなら、
単純に考えて、耕作面積を増やすのが手っ取り早い。
だが、ここには大きな要因が彼の前に立ちはだかっていた。
まず、前々回のエントリーで記したように、
この地域には今、高速道路が建設中で、
それによって土地売買が過熱している。
高速道路ができることによってバンドゥン市内への
アクセスが良くなり、ベッドタウン化への期待が高くなり、
多くの投資家が土地を買い漁っているのだ。
また高速道路建設で俄かに成金になった付近住民も
そのお金をさらに土地に投資し、
高速とは全く関係のない土地でも、
その価格は3倍以上値上がりしている。
資金の乏しいイルファンでは、
急騰し続ける農地を買うだけの競争力がないのだ。

そしてもう一つは、研修生特有の問題でもある。
それは、なぜ彼は資金に乏しいのだろうか?
の問いの中に答えはある。
これまで研修生へのヒアリングで
日本でいくら資金を貯められるか調査してきている。
日々の生活費(家賃・光熱費・携帯電話代・食費・衣料費・交際費など)を
差し引いて、さらにあまり必要でないけど
買ってしまう電気製品代を差し引くと、
3年間で150万円以上のお金を貯めることが可能だ
(最大で200万くらいは可能)。
これくらいの資金があれば、
高速道路で高騰する前(イルファンが土地を買ったころの価格)ならば、
ちょっと乱暴だが1ha以上の農地は買える計算になる
(200万貯めれば1.5haも夢じゃない!?)。
ではなぜ彼の土地は21aなのか。
それは、親や親族への送金があるからである。
日本で研修(働く)することは、それ自体、
成功者と見なされる。
こうした言説は、住民へのインタビューの中でそこかしこに
見て取れる。
実は成功でもなんでもなく、
やや自虐的に言えば、南北問題の経済格差に乗っかった
一時的に生まれるドリームにしか過ぎない。
僕はそれを自分の中に飲み込んで、
それでもその格差で手に入れた資金で
営農基盤を準備できれば(農地を買うなど)、
あるいは篤農としてランディングできるのではないか、と
他人と家族を巻き込んで実験中なのは、余談。

資金を営農基盤につぎ込まず、
家族の生活費に使ってしまえば、当然、
研修が終わると同時に、その豪華な生活は終わり、
また以前と同じ生活が続くことになる。
だから、研修生たちには月間レポートなどで営農計画と
帰国後の夢を具体化させて、
貯めたお金が浪費されないような工夫を行っているのだが、
親との関係は個人的な問題も多く、
そこまで踏み込めていなかった。
事実、技能実習生制度では、研修受け入れ元が
研修生の預貯金を管理していたケースが
それを反対する団体から格好の標的にされることもあり、
僕自身それには触れないでおこうとしてきた。
その結果、イルファンの本人談で、
約75%のお金を親の生活費で費やしてしまったという。
その数字はやや感情的なものかもしれないが、
多くのお金を親の豪華な生活につかってしまったのは
事実だろう。
研修が終了した現在も、親からの無心は止まらず、
やや辟易したように答えていたのが印象に残っている。

こうして規模拡大への道は、高速道路と親族の無心によって
その可能性が絶たれてしまった。
インタビュー中、彼の感情が最高潮になった時に、
「これから徹さんは他の二人のところへも調査に行くと思います。たぶんみんな同じ状況です。農家はみんなそんなくらいしか儲けられないんです。年に600万ルピアでは暮らしていけないんです。どんなに頑張っても無理なんです」と
僕に言ったその言葉が、今でも僕の中でこだましている。

彼は2013年12月に契約公務員試験に合格した。
給与はいろんな役料がついて月220万ルピアだ。
彼は、
「これで僕らは、aman(安全)になった」といった。
定期的で高く安定した収入が彼の余裕にもなっている。
だが、その収入を得るために得た仕事は、
彼が愛する家族から遠く離れた任地で、
週末以外は家族に会えない単身赴任の生活が始まっていた。
営農に対する情熱は、冷めたわけではなく、
逆に彼は、
「これで給与を貯めて土地を買って増やせます」と
語っていた。
スンダ民族的な粗放栽培な果樹園の場合、
手入れはあまり必要なく、収穫期だけ手間をかければ
それなりに収入も得られるため、
この方向で投資をしようと考えているようだった。
イルファンの生計戦略は公務員給与によって、
大きく様変わりしたといえよう。

日本で学んだ技術(総合防除)が活きているのも
僕としてはうれしかった。
こういう道で研修卒業生が人生を切り開くこともあるのなら、
ここでの研修では公務員試験向けの技術的な部分を
フォローしていくのも今後の可能性の一つだろう。

イルファンとの熱い議論を交わした翌朝、
たぶんみんな同じ状況です、と言った彼の言葉を胸に
僕は次の訪問地・タタンの村を目指した。



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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

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