日曜日は、むらの総会の1日。
昼の1時から夕方5時まで、
村の3つの団体が立て続けに
活動報告と収支報告を行った。

その内、今回記録しようと思うのは、
農家組合。
農家組合が何をするところかと言えば、
行政から下りてくる田んぼに関する政策、
とくに生産調整(減反)に関して、
村の中で調整を行い、
それぞれがよりよい営農に向けて
環境を整えていく組織だと言えよう。

今回の総会も
例年通りややもめていた。
これまで何度かここでも書いたような
温泉旅行問題ではなく、
今回はもっと本質的な部分で
問題を提起する方が居た。
その問題とは、減反を軽減させるために
村全体で取り組んでいる加工用米に対する
各世帯に対する補てん金の存在だった。

村である程度の面積を作っている農家に
加工用米を作付けしてもらい、
それで各戸の減反率を数パーセント引き下げる。
そして、加工用米を作ってくれた農家に対して
損が出た分を田んぼを持っている世帯全体で
補てんしている。
加工用米はコシヒカリよりも
販売価格が低いからである。
そして、これを取りまとめしているのが農家組合。

この問題は、いくつかの部分で
この地権者と僕ら農家組合経験者とで、
認識のズレがある。

まず制度的な認識のズレだ。
減反は基本は個人に振り分けられるモノだ。
そしてその個人は地権者だ。
それを市役所から委託され、
農家組合が集落の減反を調整して、
市役所に報告している。
だから減反の現地確認には、
農家組合長が同行することになっている。

そして農家組合は地権者で成り立っているので
耕作者に対してだけに盛(組合費)を
請求することはしないし、
手間的に考えても出来ない。
耕作者はその時々で変化するし、
耕作面積も常に一定じゃない。
しかも、このご時世、
耕作者は決して集落内ではなく、
地区外の耕作者も多い。
そこに対して盛を請求することは難しい。
そもそもそれじゃ、農家組合ではなくなってしまう。
それだと耕作者が集まった生産組合だ。

次に歴史的にも考えてみよう。
減反はそれぞれの地権者に振り分けられるものなので、
問題を提起された方の意見を
さらに先鋭化させてしまえば、
いちいち農家組合が間に入らなくても良いのでは?
ということもあるだろう。
かつては、各家でそれぞれが減反をしていた。
それを「バラ転」といい、各家がバラバラに転作して
いたことからそういう言葉が生まれた。
だが、バラ転は区画整理された一定の大きさになった
田んぼでは効率が悪かった。
加工用米で拠出するにしても端数が出てしまい、
どうしても無駄が多かった。
それは、
効率の向上とより良い営農に向けて
多額の税金と個人の資金をかけて土地改良を
行ってきたこと自体を
否定してしまう営農スタイルなのだ。
だから、先人たちは
農家組合でまとめて転作をしようと総会で決めたのだ。
営農をどのような都合で辞めたにせよ
自己の都合で辞めたのだから、
それはそれでかまわないが、
その経緯と歴史を無視することはできないだろうし、
これからの営農は自分と関係ないから
切り離してほしいという身勝手な地権者の
思いは通らない。

こうした経緯と経験値が
僕らの中に“ムラ”を生み出した。
それは固定化された前近代的な関係ではなく、
個人ではとても太刀打ちできない問題に対して、
コミュニティとして能動的に対処する技として
僕らの中に存在している。
その地権者の方から見れば、
農家組合は自分と関係のない会費をたくさん取り
良く解らない宴会や会議に多額を使い、
無駄ばかりの多い組織に見えているのだろう。
だが、それはその方が
嫌がって逃げ回って、結局農家組合の役員を
しなかったから見えなかった世界なのだ。

その地権者の不条理な質問は、
農家組合長も
こんなご時世だから、決して間違っているとは言わなかった。
これから来るだろう減反の廃止や
すでに他の町内でも存在している
集落営農の組織化の中で、
地権者で成り立つ農家組合の意義自体が
問われ始めているのも事実だ。

今年の農家組合長の方も
地権者だが耕作者ではない。
農家組合の役員もやりたくない、と言っていた方だった。
でもこの役員を通じて、
その方にもこの組織の意味と
“ムラ”が心の中に沈殿したのだろうか、
その地権者の質問に
「ぼくは間違っているとは言いませんが、あなたの意見はズレている」と表現していたのが、とても印象的だった。
僕らにもっと言葉があれば、
そんな農業を一面的に見た、
また“ムラ”を前近代的なものと見ている方々に、
一言いってやりたいのだが、
それを表現する言葉が見つからないまま、
すこし不発感を持って、今年の総会は閉じられた。

その地権者は身勝手だと、その時は感じたが、
こういう議論が出来るのも
それはそれでその方に意義があったのだろうと思う。
ただ、もう少し、
僕らに言葉があれば、とも思った。

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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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