月曜日の空気が、
この1週間、しかも四六時中、
僕の周りに漂っている。
それはアカペラコンサートの感動の空気。

JA河合支店が移転新築オープンするにあたり、
僕が所属するJA青壮年部河合支部で
何かできないか、と話が出てきたのは
今年の5月のことだった。

その話が出てきたのはもちろん支店の移転が
あったのだが、もう一つきっかけがあった。
それは「特別活動費」というもの。
JA福井市青壮年部では、
これまで各支部に一律で分けていた予算があったのだが、
それを止めて各支部とも
新しく部員を勧誘するなどの活動計画書を出してもらって、
それに予算をつける方式に変えた。
それが特別活動費だ。
マンネリ化する青年部活動になにか新しい風を
起こそうという意図を僕は感じている。

さて
その特別活動費。
昨年、河合支部は申請しなかった。
というか、出来なかった。
執行部では何かやろうと話には出たが、
そのまま時は過ぎ、活動が具体化しないまま、
流れてしまった。

河合地区として何かやりたい。
それが前執行部役員から引き継いだ空気感だった。
特別活動費によってより強化された
その空気感と、
河合支部の部長の「絶対何かやろう」という強い気持ちと
支店移転のタイミングが揃い、
支店の新築を祝うコンサートを開こうと盛り上がった。
ちなみに
特別活動費は上限2万円で、
運営費ウン十万の予算には
ほとんど金額的には貢献していないのは余談。

何度も話が前後して申し訳ないが、
なぜ何かやろうがコンサートにつながったかを
書いておこう。
僕がまだ協力隊に行く前の頃、
父たちJA青年部でどう盛り上がったのかは
経緯は良く解らないが、
さつきあげコンサートと題して、
ジャズコンサートを主催していた。
情熱的なジャズピアニストを呼んで、
JAの施設を利用して、手作り感満載の
ジャズコンサートがあった。
情熱的な演奏とアルコールで
会場は異様な興奮に包まれていたのを
僕は覚えている。
たぶん、その時はあまり肯定的に
その姿は見てなかったと思う。
飲んだくれの田舎臭いコンサートだと
思っていたのかもしれない。
だが、月日が流れ、
僕はどこかであのエネルギッシュな催しが
羨ましくなっていた。

ちなみに「さつきあげ」とは
田植えが終わったことを意味する。


だから、今回、
特別活動費と河合支店移転と河合の部長さんの気持ちが
表面に出てきたとき、
ならばコンサートが絶対いい!
と自然に話の流れが出来上がっていった。
その当時を知る青年部メンバーはだれ一人といなかったが、
その記憶と逸話は、僕らのどこかに沈殿していて、
コンサートをやろうとなったのだと思う。

このブログのエントリーでも書いた通り、
その後、女性部も巻き込んで話は盛り上がった。
当初心配していたチケットも
思ったよりも速いスピードで売れ、
ほぼ完売でコンサート当日を迎えた。

当日は、青壮年部が会場設営に当たり、
女性部が軽食や飲み物を準備した。
女性部がジンジャーガールズとして
栽培に取り組んでいる生姜から
生ジンジャーエールが提供されたが
それも好評だった。
思ったよりもたくさんの部員のお手伝いがあり、
会場運営はスムーズだった。

そうそう、会場について書いてなかった。
会場は、当初から支店の移転先にある
米の低温倉庫でやろう、と決まっていた。
JAの蔵前検査を行うとても大きな下屋があり、
そこを会場にしようとなった。
田んぼのど真ん中にある
蔵前検査用の下屋なんて、
とても僕らにぴったりの会場だった。
プロの音響さんも下見に来て、
音楽用の施設ではないため音の跳ね返りを
心配していたが、
当日は、早めに現場入りしてくださった音響さんが
ばっちり音響設定してくださり、
大音量でも音の跳ね返りもない素晴らしい
会場を作ってくれた。

コンサートには
地区内外から250名を超える方に来てもらえた。
年齢層も様々で、
40代50代を中心に
未就学児からお年寄りまで幅広くいた。

コンサートはQueen’s Tears Honey(以下QTハニー)という
女性だけのアカペラグループ。
神戸を中心に年間200本のステージをこなす。
当日の曲目は
ザ・ピーナッツから荒井由美、そしてティナ・ターナーまで
世代幅が広くてもみんな楽しめる曲ばかりだった。
アカペラ独特の雰囲気や歌のレベルも素晴らしく、
50代や60代の方が最後までノリノリで手拍子していたのが
僕には印象的だった。

コンサートの成功に不可欠だったのは、
やはり「人」だろう。

まずは、女性部。
吉村部長を中心に結束した組織で、
会合の参加率もほぼ100%。
行動力と実行力があり、とても素晴らしかった。
さらに女性部の吉村部長は、
実は前回のさつきあげコンサート(3年前か?)で
中核的に活躍してくれた方の一人だった。
そんな経験も大きく今回の成功につながっている。

そして、もう一つの組織、青壮年部。
役員会の参加率はあまり芳しくなかったが、
それでも加藤部長の人柄が良く出ていて
部長の出身町内の部員の参加がダントツに良かった。
僕も加藤部長さんのような人が部長だったから、
今まで以上に積極的に協力したという面もあった。

さらには、
青壮年部の事務局の玉川さんもキーマンだった。
コンサートの提案が固まりきる前の
役員での飲み会で、玉川さんは
「実は青年海外協力隊に参加したかったんです」
と話してくれたのが印象的だった。
そういう志を持った方であったからこそ、
本業に+αで忙しくなるこうした活動にも
積極的にサポートしてくれたのだと思う。

そして、河合支店の西村支店長。
父が青壮年部に所属していた時、
河合支店に西村さんは居た。
それがまわり回って、今回のこのタイミングで
また西村さんは河合の支店に戻ってきた。
西村さんが支店長だったからこそ、
僕らの活動にも積極的に協力してくれたのだと思う。

QTハニーのバーリーさんも外せない。
僕らがQTハニーのような素敵なグループを
呼んで来られたのも、バーリーさんが妻の教え子だった
というご縁があったからだろう。

他にもたくさんの方々にお手伝い・ご協力・ご支援を頂き、
それらがたて糸・よこ糸となり紡がれて、
素敵なコンサートとなって実現したように思う。

だからなのか、
コンサートの最後の曲は、
中島みゆきの「糸」だった。

ご参加いただいた皆様
本当にありがとうございました。
主催者の一人として、お礼申し上げます。



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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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