研修2期生のイルファンとは、
直前まで正直、会うのは難しいと思っていた。
それは何度連絡を取っても、音信不通だったからだ。
ヘンドラや学校の先生にお願いをしても、
連絡先が特定できない。
半ば、あきらめていたが、
出発四日前になってようやく
連絡がきた。
日本から持ち帰った薄型ノートパソコンが、
すぐに壊れてしまったことや、
Facebookのアカウントがいつの間にかブロックされており、
アクセスできなかったためだったらしい。
また、彼自身、営農はしていたものの、
それは実家だけでなく、帰国後すぐに結婚した相手の村でも
耕作していたため、連絡場所がなかなか特定できなかったことも
連絡がつかなかった理由の一つになっていた。
とにもかくにもイルファンには会えることになった。
よかった。

2012年4月に帰国した彼は、
すぐに結婚をした。
高校から付き合っていた彼女で、同級生だったらしい。
彼の地元は、山岳地帯でお茶作りをしていたが、
彼の妻の実家は、水田地帯。
インドネシアでは、「イエ」が日本のようではない。
結婚しても、夫と妻のどちら方でも住む場所は
それぞれの両親の承諾があれば、選ぶことはできる。
イルファンは、妻の実家に住居をかまえ、
自分の地元と妻の地元の両方で営農していた。
今回の旅は、時間制限もあり、
さらに彼と連絡がついたのが出発四日前ということもあり、
妻の実家の圃場だけを見学した。
彼の実家は、今回拠点としたバンドンから
さらに車で3時間以上離れている山岳地域で、
そこまで行こうと思うと、
旅程をあと2日ほど増やさないといけない。
そういうこともあり、彼の地元見学は断念した。

彼は帰国後、すぐに土地を買っている。
もともと高校にも進学させられなかった
貧しい親元に生まれた彼には、
営農するだけの土地なんてなかった。
研修で得たほとんどの資金は、土地購入に充てられていた。
彼の地元と妻の地元は、バイクで飛ばしても4時間以上かかる道のり。
そんな間を行き来して栽培なんてできない。
彼の地元の畑は、父に給料を払い、
父が他の人を雇って営農しているとのことで、
直接、彼自身がマネジメントしているわけではなさそうだった。
ということで、妻の地元が彼のメインフィールドということになる。

P1040534.jpg


妻の地元で彼は、良田を7a買い、山肌の畑も7a買った。
畑では、香辛料の丁子の木を植え、
そして田んぼでは、高く取引される
その地方の特産のサツマイモと
その地域ではまだ誰も
チャレンジしていないというキャベツを植えていた。
道沿いの良田での野菜栽培は、
周り中が稲作をしている中に、ぽつんと違和感を生み出しており、
それを眺めているだけで、僕には心地よかった。

彼は、農園での卒業研究で、
ダニの総合防除を研究していた。
化学合成農薬だけに頼らない防除法を勉強していたのだが、
その経験は、キャベツづくりの中にも活かされていた。
「ここの地域は結構暑いので、キャベツの害虫が多いです。だから、多くの人が無理だって思っているようですが、僕は総合防除を活かして、農薬だけでは防げなかった防除法を作って、この地域でもキャベツを作りたいです」と熱いまなざしのイルファン。
ヘンドラと違って、車も入りやすく、
また市場も近い。
立地もよく、またいい具合に地域の人たちの
「キャベツは無理」という常識を彼自身も感じ取っていた。
確かに無理かもしれないが、
今はライバルが居ない状況ともいえる。
総合防除を勉強したイルファンなら、
あるいはその無理を超えられるかもしれない。
何より、皆が無理と思っている事や、
誰も成功していないことに挑戦しているのが
僕には小気味よかった。

彼は、キャベツの生物的防除として、
使用農薬をバチルス・チューリンゲンシスという
細菌を主体とした薬剤のみで防除をしていた。
日本では一般的な薬剤だが、
インドネシアでもその薬剤を探し出し使用していた。
「他の化学合成農薬に比べると高いのですが、天敵を殺さない防除をしたいので、これを使っています」と彼。
同行したタンジュンサリ農業高校の校長や先生にも、
その薬剤や総合防除の考え方を披露して、
好評を得ていた。

P1040541.jpg


基肥は堆肥を使い、
生物的防除を行う彼。
エコシステムに寄り添って、常識を打ち破ろうとする姿に
僕は目頭が熱くなった。
彼の語る一言一言の中すべてに
彼と一緒に学び歩んだ自分の言葉が
見え隠れする。
これだから、「研修」はやめられない。

彼が課題に挙げていたのは生産ではなく、
マーケティングだった。
「自分が生産に集中すると、どうしてもマーケティングがおろそかになるんです。マーケティングありきでも、生産が出来るかどうかわからないので上手くいかないし。だから、気持ちが同じのパートナーが必要だと思います。生産とマーケティングを分担して同じ気持ちで出来る仲間が必要なんです」と彼。
彼もまた、パートナーを必要としていた。
今、研修中のクスワントは、
イルファンの妻とは又いとこの関係で、
出身地域も同じだという。
「クスワントが戻ってきたら、ぜひ一緒にやりたい」と
彼は期待を寄せていた。

雇人ならば、給料を払えば誰かは来る。
だが、給料分働くという労使のそういう関係では、
今の彼らが取り組んでいる課題は解決できない。
同じ目線で、同じ目的で、そして高いモティベーションで、
課題と成果を共有しうる仲間、
それが彼らにも必要だったのだ。
そして、面白いことに、
今の僕の周りの農業の環境でも、
同じ問題にぶつかっているケースが多い。
まさに地域開発において、
その現場レベルでは同時代的かつ共通問題なんだろう。
この考察は、また詳しく別のエントリーでやりたい。

僕がイルファンと一緒に畑に行っている間、
僕の妻がイルファンの妻に、インタビューをしていた。
研修に行く前と帰ってきてからでは、
彼のどこが変わったか、と。
イルファンの妻は、
「彼はドラスティスに変わったわ。すっごく賢くなった。」
と答えたそうだ。
イルファンの妻は、高校時代の同級生。
彼がどう駄目だったかを知り尽くしている
彼女のこういう評価は嬉しい。
僕の研修の主眼は、考える農民を育てることで、
彼はまさに自分で考え、行動を起こせる農民になっていた。

彼の取り組みは
まだまだ成功とは呼べないかもしれないが、
自分自身で課題を見つけ解決していけるだろう。
輸送面では、ヘンドラよりも有利で
車両も比較的楽に出入りが出来る。
パートナーを見つけ、販売にも力を入れられれば、
無理だと思っていた品目が新しい地域の顔となる日も
近いのではないか、と感じさせられた
イルファンの畑だった。

つづく

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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

メールは
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