2012年に来た新研修生はもう一人いる。
それはカダルスマン君。

彼の家は、いわば第2種兼業農家だった。
父親はバスの運転手で、農業収入はそれほど多くなった。
農地は親からの贈与ではなく、バスの運転手の給料で、
小さな農地を3つ自ら購入した。
しかし、それら2つは、子供の進学や病気治療のため、
売り払ってしまって現在は小さな畑が一つのみ。

カダルスマン君が高校生の時のことだった。
頼みの綱だった父は、脳梗塞に倒れ、
一命はとりとめたものの、運転手の仕事は止めざるを得なかった。
無収入でカダルスマン君以下3人の幼い兄弟を
養育していくのは大変だった。
そこで母親がジャカルタへ家政婦として働きに出た。
それでも収入は少なく、生活は苦しかった。
こんな家庭事情も、彼を農業研修へと向かわせた、と
現地でポテンシャル調査をしてくれている
友人のA女史(インドネシア人)のレポートには書いてあった。

カダルスマン君は、高校在学中に
全国高校弁論大会で全国1位にもなり、
貧困の中でも勉学に励んでいた。
しかし卒業後は、なかなか仕事に恵まれなかった。
絵画のギャラリーや園芸店、
繊維製品の卸などを転々とした。
解雇されたり、会社が倒産したりで、
安定した仕事に就けなかった。
そんな時に、僕らの農業研修プログラムを知ったそうだ。

そんな経験からだろうか、彼は、
「人に雇われるのは嫌です。自分で仕事を作りたい」と
自立志向が高い。
僕らがやっている農業研修プログラムで、
野菜を中心とした自立した農業経営を
学びたい、と意欲を示している。
ただ彼は若干だが、受け身的で自らの殻に
閉じこもっているような時もある。
この研修中に、その殻を自ら破り、
彼がはばたくのを僕は期待する。
彼にとって、
ここが運命の転換点になることを祈る。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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