6月27日の勉強会の記録。
今回の発表は、山本君。
選んだ本は、これ。

野口 勲 著 「タネが危ない」

固定種ばかりを販売している野口種苗の社長が、
タネの未来を危惧して書いた本。
農家にとって大切な技術の一つに、
「品種選び」がある。
「品種に勝る技術無し」と言われるほど、
品種選びがその後の作物の出来に大きく影響する。
自分の地域・自分の畑に合った、
良い品種を選びぬくことこそ、
僕ら農家にもっとも必要な技術とも言えよう。

さて、品種の形成には、
さまざまな育種技術がある。
おおきく、おおざっぱに分けると、次の4つ。
畑や自然の中から、形式の良いものを選抜し、
その品種の特性を固定していく昔ながらの育種で
作られた品種を固定種と呼ぶ。
形質の違う遠縁の品種を掛け合わせ、
雑種強勢を利用して、
優れた特性(人間にとって“優れた”)を
一代限り発現させるF1種。
遺伝子を作為的に操作して、
ある種の特性を埋め込む遺伝子組換え作物。
そして、放射線を浴びさせて、
突然変異を起こして新しい品種を作る
放射線育種によって作られた品種。

山本君がプレゼンで使った本の著者は、
この固定種ばかりを扱っている種苗会社。
当然、本の内容は、そのほかの方法で育種された
品種への批判が大半。
中でも、F1種への警鐘を鳴らしているのが、
本書の特徴だろうか。
放射線育種については、
ほとんど触れられていないのは、余談。

さて、
固定種が、遺伝的多様性を維持していることは、
僕も大いに賛成である。
うちの農園でも吉川なす・妙金ナスなどの
福井の伝統品種は自家採取し続けているし、
固定種で言えば、
大根・ウリ・ズッキーニ・ホオズキ・イモ類・豆類・セロリなどなど、
例を挙げたらきりがないほど利用している。
別段、僕は固定種とF1種とを区別しているわけではなく、
面白そうな品種で、かつ、うちの畑やこの地域の風土に
合いそうなものをいくつかピックアップしていると、
いくつかは固定種になったりもする。
F1種は、なんといってもその揃いの良さだろう。
形質の揃っている野菜ができ、一斉に収穫できる。
圃場を効率よく使うことも可能だ。
それに比べて、固定種はやはり不揃い。
大きさだけでなく、その特性までもが不揃い。
数年前に作った紅芯大根(中が赤くなる大根)のある固定種では、
中が赤くならない大根ができ、
割るまで解らないので、レストランの調理場で、
初めて赤くないことが分かり、
返品率が5割を超えたモノまであった。
あの時は、返品のあらしで、その対応に追われて、
最終的には契約をしていた取引先と、
その年の契約を打ち切られてしまい、
圃場に大量に残った大根をトラクターで潰す羽目になった。

著者は、
固定種は味が素晴らしいと言うが、それも「?」。
耐病性を活かした育種の場合、味が2の次になることもあるし
貯蔵性を発展させた育種の場合もそうだろう。
でも、どんどん甘くなっていく今の野菜は、
多くがF1種であることは、どう評価するんだ?
人の嗜好に合わせて育種されていく野菜も多い。
日本に入ってきた当初は、
酸っぱくてとても食べられなかった観賞用だったトマトは、
今じゃ、高濃度トマトとしてその甘さが売りになっているが、
そのほとんどがF1種じゃないか。
ちなみに、僕は今、
うちの集落にしかなかった『高屋本ガワズウリ』を
試験栽培している。
20年ほど前に、うちの集落では
種が途絶えてしまったウリの固定種なのだが、
それが県の試験場で保管してあることが分かり、
今年栽培している(近日、エントリーに公開予定)。
そのウリは、品種改良されたガワズウリが世の中に出てきて、
さらには漬物にもっと良く合う黒ウリが
出てくるようになってからは、
その味の悪さから淘汰されて消えてしまった品種。
僕も幼少の記憶ながら、そのウリの甘ったるさが、
いまいち好きになれなかったのを覚えている。
「固定種が美味い」というのは、
過度なノスタルジーによる偏見であり、
必ずしも正当な評価とは言えない。

雄性不稔を利用した現在のF1種の大量生産を
著者は懸念している。
ミトコンドリアの異常によって生じる雄性不稔を
親株として選定し、それを大量に作り出し、
自家受粉できないメカニズムを利用して、
かけ合わせたい品種同士を大量にかけ合わせて
作り出すF1種。
その異常ミトコンドリアを大量に摂取することで、
ミツバチだけでなく、
現代人の生殖に影響していると、著者は訴える。
しかし、摂取された異常なミトコンドリアがそのまま、
僕らのミトコンドリアに異常をきたすのだろうか。
バナナは雄性不稔だが、
食用バナナを主食にしている民族は、
子孫が残せないのだろうか?
バナナを良く食べる人は、そうじゃない人に比べて
精子の量が少ないとでもいうのだろうか?
著者は、遺伝子組換え作物の危険性と合わせて、
そのロジックを狂牛病のプリオンを事例に、
分解されずに取り込まれるロジックとして紹介しているが、
もし、そうであるのであれば、すでに僕らには異変が出ているだろう。
摂取されるミトコンドリアが、
ミトコンドリアとして僕らの細胞に取り込まれるのであれば、
そういうこともあるだろうが、
そんな話は聞いたこともないし、
とても正当な科学の評価でもない。
これらの論理展開は、
「トンデモ」だと言われてもしょうがない。

ちなみに厳しいアレルギーテストを受けている
遺伝子組み換え作物の場合、
通常の育種法(固定種も含めて)より、
安全性が高いという意見もある(『有機農業と遺伝子組換え食品』より)。

僕は、たとえ著者のちょっといい加減な主張が目立つにせよ、
固定種が、遺伝的多様性を生み出していることと
その価値は、大いに認めたい。
ただ、固定種が素晴らしいからといって、
ある野菜だけを大規模にモノカルチャーで栽培することには、
やはり抵抗を感じる。
たとえ、その中に何種類も品種があるとしてもだ。

経済的に考えるのであれば、
固定種が流通と食べる側を説得するだけのプレゼンが
必要になるだろう。
固定種(伝統種)がもてはやされるようになってきており、
うちの農園もそれに合わせていろいろな伝統種を
栽培しているが、
その良さを解ってくれる業者であっても、
「でも揃いの良い物を出荷してくださいね」と
付け加えられるので、ちょっと辟易している。
固定種だから、選果レベルをどんなにあげても、
通常の野菜より揃いが悪いと説明しても、
そこはなかなか解ってもらえないのだ。

別段、著者のように
F1種が危険だ、だから固定種を!と煽る必要はないが、
固定種を楽しむ余裕(揃いが悪くても気にしない!)と
それを正当に評価できる知識(食べ方と歴史を知ろう!)を
食べる側に持ってもらいたいと切に願う。

関連記事

>今じゃ、高濃度トマトとしてその甘さ

高「糖」度?

遺伝子組み換え

遺伝子組み換えに反対する論拠として私は地域の生態系への影響をあげている。これまでの種の進化は環境変化に対応できた種が生き残ってきた。適者生存である。交配による種の変化は進化ではなく、人間にとって都合の良い変化であり、適者生存ではない。それは人間にとって不要であれば、その種は通常の環境のなかで生き残れる保証はない。遺伝子組み換えが人工交配と異なる点は、地域の生態系全体を変えてしまうことである。遺伝子組み換えの農地では適者生存の原理は働かず、特定の種だけが生存するエリアとなる。閉鎖された空間のなかであれば、特定の種だけが生存しても構わないが、開放空間のなかで適者生存の原則が働かない世界を人間はこれまで経験していない。放射能汚染問題と同様に、異変が起きてしまってから、その深刻さに気づくのでは遅いことを私達は今回経験した。遺伝子組み換えの問題とは進化論からもう一度、考えなければならない。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

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