たまには、
インドネシア研修座学の記録。
記録しないと、なんだか何もやっていないような
感じだけど、今年は、結構面白い座学になっている。

今回は農業構造論。
なんともややこしい題名、と我ながら思う。
この座学では、表象としての農業が、
一体どういう要素で成り立っているのかを知る授業。
自分たちの地域農業を腑分けするときのメソッドとなる。
そして、インドネシアの研修生たちにありがちな、
日本の農業から学び、
その技術をそのままインドネシアに移転しようとすることが、
なぜ無意味まのか、
かつ、なぜ自分たちの福祉(welfare)に直結しないか
を学んでもらうための座学。
それらを裏返せば、
僕らの農業はどう「発展」していけば、
僕らの福祉(welfare)につながっていくのかを
自分たちで考察できるようになってほしいという願いを
込めてこの座学を行っている。

さて
今年は、2名の研修生がやってきた。
人数も増えてきたので、座学も少し整理をし、
この農業構造論は、研修1年生だけの前期の座学とした。

まず、2名の1年生には、両国の「耕起」を比べてもらった。
彼らの故郷では、まだまだ牛による「牛耕」が一般的。
牛に鋤を引っ張らせて、田おこしをする風景は、
日常茶飯事。
ここでは、「トラクター耕」。
もはや動物による耕起をしている人は、居ない。
トラクターも大半が乗用で、
ハンドトラクターも特別な作業でない限り、
出番が少ない。

この耕起作業をインドネシアの研修生が見ると
いつも、
「日本は先進的で素晴らしい」と言う。
確かに、手や家畜による耕起は、労力も必要で、
作業も大変だ。
時間もかかるし、
畑の仕上がり具合にも差が出てしまう。

そんな現状を知っているからこその言葉なんだろうけど、
果たして、「先進的」なんだろうか。
ちなみに、インドネシアで牛耕(馬耕)と
大型ハンドトラクター耕を経験してきた僕としては、
それを羨ましいとは一切思っていない。
そのどちらでも僕は大変な失敗をし、
自分の体もずいぶんと傷つけてしまったのは余談。

研修生が、牛耕とトラクター耕を比べて、
日本とインドネシアの農業の違いの一番は、
技術力だった。
インドネシアには技術がなく、
日本にはある、とのこと。
では、インドネシアにはトラクターを導入するだけの
技術が無いのか?と聞くと、そんなことはない。
インドネシア界隈でもトラクターは販売されているし、
整備士も居て、ちゃんと稼働もしているよ。

次に研修生が挙げた違いは、資金力。
トラクターを買うお金が無いからだという。
本当???
ハンドトラクターは日本円で15万円ほどで、かなり高級だが、
同じくらいの値段のオートバイは、
農村でも新車が走り回っているし、
テレビや冷蔵庫、車なども揃っている裕福な家は、
村の中でも何軒も見受けられる。
最近では銀行の農業融資も充実しており、
トラクターの分割払いのクレジットもある。
でも裕福な農家は、トラクターにあまり目を向けない。
その代り、牛に投資する人が多い。
僕が居たスラウェシの村でも、
大学院時代に過ごしたボゴールの近郊の農村でも、
牛は「歩く財産」と呼ばれていた。
牛は子供を産めば増えていくし、
放牧しておけば、餌の世話もあまりない。
農繁期には近所に牛耕用の牛として貸し出すことも可能なのだ。
急なもの入りの時には、売却すれば良いし、
お祝いごとの時には屠殺して振る舞うこともできる。
そういって、僕に牛を自慢してくれた
インドネシアの友人も多かった。
協力隊の時にいたアレジャン集落では、
「だから、お前も牛を買え」と強引に進められたけど。
なので、
トラクターが、お金がないから買えないというのは嘘だ。

2人の研修生は全く答えに困ってしまったようで、
最後に絞り出すように、
「教育」を挙げていた。
インドネシアの農民は教育レベルが低いから牛耕で、
日本の農民は教育レベルが高いからトラクター耕だ、と
ノタマフのだ。
では、学校教育の中で、
トラクターの使い方を教えているのか?
農林高校ならばあるだろうが、普通科高校ではない。
ちなみに大学の農学部でもトラクターの使い方なんて講義は無いぞ。
研修生の子たちが言わんとしていることは解るが、
それは近代化論の単線的モデルという、
もっとも忌まわしきモノだ。

そんな議論をしていた時に、
研修生の1人、ダルス君が、
「インドネシアでトラクター耕にしたくても、畑までの農道が無いので、無理です」
と話してくれた。
そう、畦しか通れない場合、棚田が多いインドネシア(特にジャワ)では、
トラクターを畑に入れたくてもそもそも入れないのだ。
(アレジャン集落で無理やりトラクターをかけた話は、こちらのリンク)。
農道の整備と農地のリハビリテーションも必要だろう。
日本では、その多くが行政と農家の折半による
土地改良事業として、行われてきた。

しかも、自作農家が少ない社会では、
牛耕からトラクター耕に変われば、農業労働者もそれほど必要なくなる。
耕作面積も牛耕では間に合わなかった分も、
自作できることになるので、インドネシアで良くある小作への
耕作地の貸し付けも当然減る。
自分で作る方が、絶対儲かるからだ。
だから、その減ってしまった農業労働に対する
求人分を吸い上げてくれる他産業の発展も
同時に無ければ、失業者が増えるだけになる。
ただ、日本では減りすぎた農業人口が
コミュニティーを自立して維持していくことを困難にしてしまった。
自分の家の前すらも雪かきできない、
つまり冬は外出すら困難になる
一人暮らしの高齢者世帯は、僕の集落にもたくさんある状況だ。

だからトラクター耕が、
ただ単純に「先進的」と言って良いのかどうか、
その取り組みが、僕らの福祉(welfare)に直結しているのかどうか、
僕には疑問に思う時がある。

さぁ、この座学は始まったばかりだ。
これから半期をかけて、僕らの表象である農業は
どういった要素に支えられているのかを見ながら、
僕らの幸福な未来を想像してみようじゃないか。


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トラクター耕ひとつとっても色んな問題があるんですね。ぼくもブログを通して勉強させていただきます。
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田谷 徹

Author:田谷 徹
農民です。

青年海外協力隊として3年(農業指導)、大学院生(ボゴール農科大:農村社会学専攻)として2年、計5年インドネシアにいました。

あれこれ寄り道・みちくさしましたが、再び農民にもどりました。これからは日本でぼちぼちやる予定です。

生産と生活が渾然一体となった農の営みを実践する毎日を送っています。

詳しいプロフィールは、カテゴリの「プロフィール」から「ちょっと長いプロフィール」をお読みください。

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